[本を読む]
きわめて学びの多い、
事業承継の教科書の決定版!
本書は、2015年のいわゆる「大塚家具のお家騒動」の当事者である大塚久美子氏が、自らの経験をもとに事業承継の本質を体系的に整理した、まさに「事業承継の教科書の決定版」だ。騒動から十年を経て刊行された本書は、単なる回顧録ではなく、実践経験と理論知を融合した大塚氏の知的総括であり、きわめて学びが多い。
実は、大塚氏は同社の経営を離れた後、講演や大学講義を通じて事業承継の課題を社会に発信されてきた。筆者も一度対談の機会に接したが、大塚氏の経営に対する誠実さと冷静な自己省察、そして会社への愛情に深く感銘を受けたことを覚えている。その過程で培われた洞察が、本書には結実しているのだ。
本書の特徴は、事業承継に内在する葛藤・ジレンマを「家vs.株式会社」「制度vs.リアリティ」「生産vs.再生産」「ファミリーvs.非ファミリー」「個人vs.ファミリービジネス」という五つの軸で整理している点にある。それぞれどちらが正しいかを決めつけず、各軸の間でいかに思考し、いかに判断するかを読者に促す姿勢が一貫している。
また、随所に自身が経験した「大塚家具のお家騒動」の実際も描かれるが、そこにスキャンダラスな自己弁護は一切なく、あくまで事業承継という普遍的課題を照射する具体的素材として位置づけられている。メディアを通じて知られた出来事の裏に、より複雑で人間的な現実があったことが示唆されている。
大塚氏の持つ理論的視点の精緻さと実務の臨場感が見事に融合した本書は、経営者や事業承継者のみならず、企業に関わるすべての人にとって、示唆を与える一冊である。
入山章栄
いりやま・あきえ●経営学者





