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小杉健治『密命 無役御家人影次郎』(集英社文庫)を細谷正充さんが読む

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小普請組の青年が悪を斬る

 小杉健治・文庫書き下ろし時代小説・新シリーズ第一弾。この情報だけで〝買い〟である。なぜなら作者の時代小説は、常に面白いからだ。事実、本書もエンターテインメントに徹した、素晴らしい作品である。
 主人公の沢田影次郎は、二十二歳の青年だ。男としては美しい容貌であり、しかも小野派一刀流の免許皆伝。百五十俵三人扶持の御家人だが、父の代から役職を持たない小普請組こぶしんぐみだ。というのも父が役目で不正を働き、小普請組に入れられたのである。しかしそれは冤罪であり、罪は晴れたものの、父は病死。跡を継いだ影次郎も小普請組のままなのだ。
 そんな影次郎が、小普請組頭の渡瀬仁兵衛から密命を受けた。悪事を働いている小普請組の三人を、ひそかに始末してほしいというのだ。三人のリーダーである八雲藤四郎は神道無念流の使い手で、影次郎とも剣の縁がある。密命を果たせば御番入ごばんいり(役職付き)と言われた影次郎は、三人の家門を残すことを確認し、これを引き受ける。だが、その裏にはどす黒い思惑がうごめいていた。
 いかに相手が悪党であろうと、人を斬ることには抵抗がある。しかし、息子の御番入りを待ち望んでいる母の願いは叶えたい。前半は影次郎の揺れ動く心と、三人との対峙が読みどころとなっている。
 面白いのはそこに、吞み屋の仲間が絡むことだ。四の付く日に気の合った人たちだけが集まる、「酒処」という吞み屋に影次郎は通っているのだが、他のメンバーが多士済々たしせいせい。まだ世慣れない影次郎の足りない部分を、意外な素顔を持つ行商人や博打好きが手助けする。大道易者は、迷う影次郎にアドバイスをする。後半は影次郎を中心にしたチームの様相を呈し、一件の裏にある真実に迫っていくのだ。この展開が楽しい。もちろん主人公のチャンバラも冴えている。己の意思で権力の悪を斬った影次郎は、これからどうなるのか。シリーズの今後が楽しみでならない。

細谷正充

ほそや・まさみつ●文芸評論家

『密命 無役御家人影次郎』

小杉健治 著

発売中・集英社文庫

定価814円(税込)

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