[本を読む]
手紙だからこそ
それぞれに大切な存在を亡くした、パリと東京に暮らすふたりの往復書簡集である。なぜ手紙という方法を使うことにしたのか、明確な答えは書かれていない。でも正解だったということだけはよくわかる。
最初の手紙で猫沢さんが「相手のすべてを知っているか、知らないかは、実は真に親しくなることとはあまり関係がないと思っている」と書いていて、それでもう完全に巻き込まれてしまった。文は人だと思う。猫沢さんの書く文はまっすぐ胸に飛び込んでくる。相手のすべてを知ることなどまるでできないことを私たちは身に沁みて知っている。だからこそ手紙なんだ、と思った。すべてではなく一部分しか書けないけれども深くつながることもできる特別な方法。第一便のタイトル「ガラス越しのふたり」の通り、最初はまさにガラスの向こうから相手を確かめあうようだったのに、少しずつお互いの心がノックされ開かれていく。
大切な存在の死によって深く
私は小林さんが編集長だった「ESSE」に六年以上もエッセイの連載をさせてもらっていた。でも実はそれ以前に高校の同級生でもある。すごく人気があってビカビカ発光しているような人だった。放課後、白いユニフォームにラケットを携えてテニスコートへ歩いていく姿を今も思い出す。この本の終わり近くに、結婚して間もない頃の小林さん夫婦の写真がある。見た瞬間、胸をぎゅっとつかまれた。あのビカビカだった光がやわらかくやさしくなった二十代の小林さんが笑っていて、そこからの気の遠くなりそうな三十年を思った。ほんとうにがんばってきたんだね、と思う。ありがとう、私も生きる勇気が湧いてきました。
宮下奈都
みやした・なつ●作家





