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インタビュー/本文を読む

小松由佳『シリアの家族』(第23回 開高健ノンフィクション賞受賞作)
妻として、母として、表現者として。
立場に葛藤しながらも、覚悟を決めて書きました

[インタビュー]

妻として、母として、表現者として。
立場に葛藤しながらも、覚悟を決めて書きました

大学時代は山岳部に所属し、2006年に世界第2位の高峰「K2」に日本人女性で初めて登頂した小松由佳さん。山を下りると次なる目標として写真家を志し、アジアの沙漠さばくや草原を旅するなかで、ある一家に魅せられます。シリアのオアシス都市パルミラで、沙漠の伝統を守りながら生活する大家族・アブドゥルラティーフ一家でした。しかし2011年以降、シリアは内戦状態になり、一家は故郷を失います。小松さんは難民となった一家の末っ子・ラドワンさんと結婚し、日本で二人の子を育てながら、シリア難民の取材を続けてきました。
2022年には内戦下のシリアに入り、秘密警察の監視下に置かれながら、瓦礫と化したパルミラの取材を敢行します。2024年にアサド政権が崩壊すると、人間虐殺の場といわれた「サイドナヤ刑務所」に足を踏み入れました。一方、夫婦生活には文化や価値観の違いから不穏な空気が漂い始め、ついに「第二夫人騒動」が勃発して……。
第23回開高健ノンフィクション賞を受賞した『シリアの家族』は、困難の中でどう生きるかを問いかける市井の人々の物語であると同時に、写真家として、妻として、母として、未知なる世界を求めて懸命に生きる小松さんの物語でもあります。刊行を機にお話を伺いました。

聞き手・構成=砂田明子/撮影=山口真由子

人生を変えてくれた義父

── 受賞の報せを聞いたときはどんなお気持ちでしたか。

 うれしくて、夢のような気持ちでした。ただ、結果を待っている間に考えていたのは、受賞してもしなくても、この作品を書いて世に出すことが、私にとっては一番大切なことだということでした。

── 執筆の動機はどんなところにありましたか。

 書かずにはいられなかった、の一言に尽きると思います。この本を書いている4年くらいの間に、新型コロナの流行、トルコ・シリア地震、そして、半世紀以上シリアで独裁政治を維持してきたアサド政権の崩壊がありました。劇的な政治的変化や災害のなかで、自分が書かなければ時間とともに埋もれ、忘れ去られていってしまうであろう人々の声や思い、エピソードを拾い集め、残しておきたいと思ったのです。
 私がシリア難民の取材を始めたきっかけは、2012年に夫の兄が「反逆罪」で逮捕され、行方がわからなくなったことでした。民主化運動に参加したことでアサド政権に対する反逆者とみなされたのです。その日以降、平和だった家族の日常は崩壊していきます。空爆が続く内戦からのがれるために流転るてんの旅を続け、バラバラになっていく家族の姿を見て、シリアの内戦や難民を取材したいと思うようになりました。ですからこの作品は、難民たちのノンフィクションであるだけではなく、彼らと出会い、交わって生きてきた私自身の物語でもあります。自分の内面をしっかりと組み込んで書くように心がけました。

── 小松さんの義父ガーセムさんも難民となり、「故郷に戻りたい、パルミラで死にたい」と願いながらトルコで亡くなります。ラクダの放牧を生業とし、総勢70人近い大家族の精神的支柱であるガーセムさんは、イスラム世界とは宗教的ルーツも文化も異なる小松さんを家族として包み込んでいます。小松さんにとってガーセムさんはどういう存在でしたか?

 ガーセムが私とシリアを結び付けてくれましたし、その生き様によって、シリア難民の取材へといざなってくれました。そういう意味で、私の人生を変えてくれた人ですね。彼が難民になる前の、沙漠の薔薇と呼ばれたパルミラでの豊かで美しい暮らしも、一転して難民となったあとの過酷な生活も、私にとっては生涯忘れられないインパクトのあるものでした。 ガーセムや家族との出会いは、私にとって未知との遭遇だったわけですが、彼らにとっても、同じだったはずです。そういうなかで私を受け入れてくれたのは、自分たちの文化を知ろうとしているんだということを感じ取ったからではないかと思います。最初は素っ気なかったものの徐々に距離が縮まっていき、私が日本に帰るときには「さようならと言わなくていいよ」「また来年くるんだろう、『ちょっと行ってくる』と言いなさい」。そんなふうに言ってくれる人でした。

第二夫人騒動に傷つきながらも
「面白くなってきたぞ」

── そんなガーセムさんの死は、小松さんをアサド政権下のパルミラへと突き動かします。2022年、退避勧告の出ているシリアに、たった一人で入国します。

 恐怖心がなかったといえば噓になりますが、それ以上に、パルミラの地に立ちたい、これが最後のチャンスかもしれないという思いが強かったです。ただ、「シリアでは、誰も信用しないでください」と大使館の職員に言われるような情報統制下で、ここまで精神的負荷がかかるような取材をするのは初めてだったので、今思い返すと、一喜一憂したり、右往左往したり、涙を流したりと……、恥ずかしいですね。

── 廃墟となったパルミラの撮影を阻止しようとする秘密警察と、小松さんは冷静に闘います。ハラハラしながらも、その胆力と交渉術に引き込まれました。

 瞬時の判断という点では、ヒマラヤ登山の経験が生きたかもしれません。先の見えない状況をいかに突破していくか、いかに柔軟に判断するか、そうしたことを登山では常に考えていたので。

── ついに家族が暮らしていた家に辿り着くと、家の前には、金庫と青いブラジャーが落ちていた……。略奪者が持ち出し、捨てられたと思われるもので、「信心深いイスラム教徒の家の前に、女性の下着が転がっている。平時ではありえぬことだ。この地の宗教や、人々への冒瀆ぼうとくであるように感じられた」と書かれています。家の写真を撮るとき、ブラジャーを構図に入れるかどうか、逡巡しゅんじゅんされますね。どのような判断がありましたか。

 このときはすごく悩みました。イスラム文化の土地で、道にブラジャーが落ちているという状況は、ある意味で象徴的なんですね。いかにその土地が荒廃しているかを示しているわけです。ですから写真家としては撮るべきだろうと。でも写真家としての立場以上に、私はこの家に暮らした人々とつながる家族の一人なんだ、彼らとつながり続けたいんだ、という気持ちがあって、構図から外すという決断をしました。後に写真を見るであろう家族の尊厳や思い出を傷つけたくなかったからです。
 この作品のなかで私は、写真家として、シリア人の妻として、あるいは母親として……いくつもの立場で葛藤し、揺れ動いていますが、最終的に自分の軸になっていたのは、彼らの「家族」であるという立場だったのかなと思っています。

── いくつもの立場で揺れ動き、葛藤する。そのハイライトが「第二夫人騒動」ではないでしょうか。夫のラドワンさんから「第二夫人をめとりたい」と告げられる。しかも第二夫人候補まで決めて!

 これを言われたのは、シリアの取材を終えてトルコの空港で夫と再会したときだったんです。疲弊し切った状態だっただけにショックが大きく、シリアで見てきた悲惨な光景が吹き飛ぶくらいの衝撃を受けました。イスラム教では、平等に扱うことを条件に、四人まで妻を娶ることが認められていますが、女性としての自分はすごく傷つきましたし、夫への信頼を失いました。
 一方で、「面白いことになってきたぞ」とささやくもう一人の自分もいたんです。表現者としての私ですね。こんな異文化体験はめったにできるものじゃないと反応してしまう自分もいて、二人の私がせめぎあっていました。

── この騒動によって開かれた「親族会議」の様子も興味深かったです。親族はラドワンさんの味方をすると思いきや、そうでもなく、女性たちからは驚きの性指南があったり。

 イスラム文化において性はタブーなので、外側から見えにくいのです。彼らの濃厚な性文化を知ることができたのは、この騒動があったからですね。

── 今回、きわめてプライベートな経験を書かれたのはどういう思いからですか。

 あまりにもショックで悶々として……これは書かないと乗り越えられないぞ、と思ったのです。書くことで自分の気持ちもまとまるし、誰かと共有できるものになるだろうと。
 実際に書いたことで、悲しみも苦しみもクリエイティブに乗り越えていくことでしか前に進めないという感触を得ることができました。つらい経験だけに、表現者として覚悟が決まったといいますか、内面をさらけ出すことに躊躇ちゅうちょがなくなりましたね。彼らのリアルな文化を、光も影も含めて、伝えることができたとも思っています。

── 「第二夫人騒動」も含めて、男性と女性についての価値観や文化は、イスラム世界と日本では大きく異なります。たとえば男性と女性は食事をする場所が異なり、空腹の小松さんが豪華な食事を食べられなかった場面が出てきます。こうした文化をどのように受け止めていらっしゃいますか。

 結婚して10年になりますが、常に葛藤して、考え続けています。自分ができないことはできないと伝えるようにしていますし、イスラムの女性たちも変わりつつあるなとも感じます。でも基本的には、その土地で人間が生きるために長い年月をかけて築かれ、伝えられてきた文化を、私はリスペクトしたい。そうした思いをこの本には込めたつもりです。

── 一方、シリア人のラドワンさんは、日本文化に違和感を覚える点などあるのでしょうか?

 個人主義的なところですね。本に書いたように、シリアでは大家族が一般的で、家族の絆がすごく強いんです。家族にかぎらず、シリア人は人とのつながりを大切にします。日本は、経済力で人を測るところがありますよね。年収がいくらあるとすごいとか。でもシリアでは、困ったときに助けてくれる人がどれだけいるかのほうが、よほど大切なのです。

人間は多面的。白でも黒でもない部分をあえて見出したい

── 2024年12月、54年間独裁政治を続けてきたアサド政権が突如として崩壊します。その8日後に、小松さんは夫と息子さんを連れてシリアに入国しました。市民の喜びと混乱を見るとともに、「サイドナヤ刑務所」にも向かいます。収容者の75%が生きて帰れなかったといわれる刑務所です。

 夫の兄サーメルも囚われ命を落とした場所なので、その場に立って、本当に迫ってくるものがありました。そして思ったのは、なぜ国際社会が止められなかったのかということです。サイドナヤ刑務所だけではなく、シリア各地の刑務所や収容所で、囚人に対して酷い拷問や処刑がおこなわれていたことを国際社会は知っていた。にもかかわらず止められなかった過去を検証しなければいけないと思っています。

── サイドナヤ刑務所を生き延びた人へのインタビューは、人間が極限状態でどう生き延びるかを知る貴重な証言です。

 アウシュビッツの体験を描いたヴィクトール・フランクルの『夜と霧』を読んでいたので、希望を失わなかった人や意志の強い人、精神的によりどころのある人が生き残ったのだろうと思って、「どのように生の希望をもっていたのか」と質問したんです。そうしたら想像を絶する答えが返ってきて……言葉を失いました。サイドナヤ刑務所の凄惨な実態が伝わってきましたし、もしかしたら、宗教や民族、文化によって、どのように人間が生き延びるかは違うのかもしれないとも感じました。

── この本を読んでいると、シリアの市井の人から、体制側の人間までが近しく感じられます。それは、選考委員の森達也さんが評されているように、〈秘密警察も移民となったシリア人も政府軍兵士もイラン軍兵士も、すべて等身大の人間として描かれている〉からだと思いました。このように人間を見つめる視線や姿勢を、どのように培われましたか。

 一つには写真家の視点かなと思います。一人の人間にも光と影があり、撮る角度や方向によって表情は変わります。人間が多面的であることを意識するようにしていて、白でも黒でもない部分をあえて見出したいという思いがあります。
 もう一つは、シリアに出会ったことですね。独裁政権下や紛争下というのは本当に複雑で、シリアは長い間、本音を言えない社会だったんですが、そうした状況でも、人々が真実を垣間見せてくれる瞬間があるんですね。たとえばアサド政権下のシリアに取材に行ったとき、国営銀行で換金しようとした私に、ものすごく悪いレートが提示されました。諦めて銀行を後にすると、銀行の列に並んでいた男性がわざわざ追いかけてきて、正しいレートを教えてくれたんです。おおやけには言えなくても、安全が保障されれば真実を教えてくれる。体制に迎合しなければ生き延びられない人々の苦しみと同時に、人間の良心を知ることができたエピソードでした。

── 登山家として大きな記録を打ち立てた小松さんですが、ラドワンさんと結婚後の人生も激動です。お二人の今後も気になりますし……シリアとご自身の取材は続きますか?

 結婚後の生活はヒマラヤ登山よりサバイバルです(笑)。ちょっと疲れてきましたが、やはり理解できないところがあるからこそ、彼らと生きるかけがえのなさを感じますし、わくわくするんでしょうね。夫は故郷のパルミラに帰る予定なので、そのとき私と子どもたちはどうするか……そこでまた一波乱ありそうな予感がします。それを次に書けたら面白いなと思っています。

小松由佳

こまつ・ゆか●ドキュメンタリー写真家。
秋田県生まれ。2006年、世界第二の高峰K2(8611m /パキスタン)に日本人女性として初めて登頂。植村直己冒険賞受賞。風土に根ざした人間の営みに惹かれ、草原や沙漠を旅しながら写真家に転向。2012年からシリア内戦・難民を取材。2021年、著書『人間の土地へ』で第8回山本美香記念国際ジャーナリスト賞受賞。

『シリアの家族』

小松由佳 著

11月26日発売・単行本

定価2,420円(税込)

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