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インタビュー/本文を読む

萩尾望都
氷室冴子著『銀の海 金の大地 11』(集英社オレンジ文庫)
生まれ変わった先で、
二人には必ず結ばれてほしいと思っています

[インタビュー]

生まれ変わった先で、
二人には必ず結ばれてほしいと思っています

舞台は古代日本、湖の国・淡海おうみ息長おきながむらで暮らす14歳の少女・真秀まほは、複雑な生い立ちのため息長の人々に疎外されながらも、病で寝たきりの母・御影みかげと、目も耳も口も不自由だが、不思議な霊力をもつ兄・真澄ますみを支えながら気丈に生きていた。母の御影が、大和でもっとも古い一族であり、強大な霊力をもつ「佐保さほ」の人であったことを知った真秀は、佐保への憧れを募らせるようになる。そして、佐保一族の王子・佐保彦さほひこと出会った真秀の運命は、思いがけない方向へ─。
氷室冴子さんが最後に書いた長編小説『銀の海 金の大地』。集英社オレンジ文庫から刊行された復刊版が、全十一巻でついに完結します。
これを記念して、生前の氷室さんと親交が深かった漫画家の萩尾望都さんにお話を伺いました。たった14歳でありながら、理不尽な運命に立ち向かった真秀の印象は。そして『銀の海 金の大地』執筆当時の、氷室さんとの思い出に残るエピソードについて教えていただきました。

聞き手・構成=増田恵子/撮影=藤沢大祐

現代の女性の心も動かす氷室さんの物語の普遍性

 今年、集英社オレンジ文庫で、かつてコバルト文庫で刊行されていた氷室冴子さんの『銀の海 金の大地』全十一巻が復刊されました。コバルト版刊行当時の氷室さんは、女性を取り巻く社会の理不尽さに対し、作品を通して闘い続け、女性の自由を訴え続けていました。『銀の海 金の大地』も、ヒロイン・真秀の戦いの物語です。
 復刊版では、かつて旧コバルト文庫版を読んで感銘を受け、「私も小説家になりたい」と決心し、実際に作家になった方々が解説を寄稿していて、どの解説も心打たれる内容です。「彼女が書いた物語には普遍性があり、その『核』は、消えることなくちゃんと今に受け継がれている」と感じました。私も、第十一巻に解説を書いております。当時の氷室さんとお話ししたことや、作品への思いなどを綴りましたので、ご覧いただけたら嬉しいです。
『銀の海 金の大地』は、「古代転生ファンタジー」と銘打たれていて、当初の構想では、主人公の真秀と佐保彦が転生していく構想だったそうです。物語は残念ながら、「真秀の章」全十一巻で未完。真秀と佐保彦が転生した先の物語を、私たちは読むことができませんでした。でも、私はきっと真秀と佐保彦が最後は結ばれるに違いないと信じていて、読めないことが本当に残念です。
 輪廻転生をテーマにした作品としては、三島由紀夫の『豊饒の海』全四巻があります。第一巻の主人公二人は悲恋に終わり、男性主人公が次の巻に転生していくのですが、最後まで読んでも結局二人が結ばれることはありませんでした。少女漫画家であり、少女漫画愛好家でもある私としては、『豊饒の海』のこの結末にはちょっと納得できかねるところがあって、だからこそ『銀の海 金の大地』では、生まれ変わった先で二人には必ず結ばれてほしいなと思っています。

仕事を忘れてお喋りに夢中
それが創作の原動力だった

 生前の氷室さんとは親しくさせてもらっていて、二人とも宝塚歌劇のファンだったので、よく一緒に観劇に出かけました。舞台が終わったあとはお茶を飲みながら、お酒を飲みながら、飽きることなく感想を言い交わしたり、他愛ないファントークに興じたりして。本当に楽しかった。現実から離れて、華やかな別世界に旅する感覚です。一方で、氷室さんは「宝塚の主役は男装の麗人で、誰にも媚びることがない。さらに、女性性も男性性も兼ね備えている理想の人物像なんだ」と。そんなこともお話しされていました。
 当時はお互い仕事に追われて忙しかったのですが、お互いに書きたいこと、描きたいことがたくさんあったので、作品を生み出す苦しみはあれど、創る喜びの方が大きかった。私は、創作することとは、自分の中で沸々ふつふつとしているものを昇華していく作業だと思っていて、氷室さんもきっとそうだったんじゃないかと思っています。
 とはいえ、実際に会っている間は、お互い仕事のことは忘れて、口を動かすのに夢中でしたね。そうかと思えば、お喋りの最中にご家族やお友だちの話が出てきて、面白いなと思って聞いていたら、その後氷室さんのエッセイを読んだ時に「あっ、このエッセイ、この間聞いた話だわ!」なんてこともありました。時代もありますけれど、お互い強烈な親がいたので、愚痴めいたことを言い合ったりもして。
 氷室さんは、エッセイにも書かれていますけれど、お母様がテレビの結婚相談で自分のことを相談した。氷室さんはそれを人づてに聞いて激怒された……と。時代が時代とはいえ、その話を聞いた時は、衝撃すぎてポカーンとしてしまいました。そういう私も、母とは漫画をやめろやめないで何度も大げんかしましたし、結婚しないことに対して圧もかけられました。
 それが、二〇一〇年にNHKで放送された朝ドラ『ゲゲゲの女房』を見た母から「あんた、仕事しとったたいね」と言われて、拍子抜け。「漫画は仕事だ」と、どんなに説明しても理解してもらえなかったのに、NHKで取り上げられたら納得するのか! と。
 私たちの時代はそんな苦労をすることもありましたが、今は仕事を頑張る女性はたくさんいて、たとえば私のアシスタントさんたちも、「漫画家になりたい」と親に伝えた時、特に反対はされなかった、という人がたくさんいます。そういう話を聞くと、職業選択の自由は定着したし、少しずつ、時代や女性を取り巻く環境は変わっているなと感じます。とはいえ、男女の格差というものは日本社会の構造的な問題として存在するので、きっと現代の女性は、私たちの時代とはまた別の困難を感じているのかもしれませんね。
 氷室さんとは、いつからかお会いする機会が減ってしまいました。今思うと、きっとご病気が発覚されたからだったのでしょう。
 それでも一度、二度は一緒にお芝居を見にいきました。氷室さんは、いつもと同じように振る舞っておられましたけれど、いきなり「萩尾さん、これをあげるわ。すごくお気に入りなの。よかったら使って」と、小袋をプレゼントされて。「え、そんな大切なものなのに、いいの?」と言いながら受け取りましたが、もしかしたら、氷室さんは治療を続ける中でいろいろ気持ちを整理されていて、何か記念になるものを受け取ってほしいというお気持ちがあったのかもしれません。

アナログ時代に愛用した筆と『銀金』の不思議な縁

『銀の海 金の大地』の物語は、淡海(滋賀)、そして佐保(奈良)を舞台に繰り広げられます。実はそこに、ちょっとした縁を感じるお話があります。
 昔は、仕事をアナログでやっていたので、アシスタントさんに作業をしてもらうのに、仕事場にはベタを塗るための筆がたくさんあったのですが、大量に塗るものだから、筆がどんどんダメになってしまう。そんな時に、アシスタントの女性が、デパートの地方催事で見つけた筆がものすごく使い心地がいい! と絶賛して、「ぜひこの筆を仕事に使いたいから、仕事場で買ってほしい」と言うんですね。それで、その筆を見てみると、名前が「佐保筆」。奈良の筆だというので、実際に奈良まで買いに出かけました。奈良駅から筆屋さんに電話をかけたら、駅からまだ遠いからということで、わざわざお店の方が奈良駅まで筆を持ってきてくださったのを、二十本ぐらいまとめ買いさせてもらいました。
 後になって「この筆の『佐保』って、どこかで聞いた名前だな……。もしかしたら『銀金』の、あの佐保なの?」と気がついて、じゃあ佐保彦たちはあのあたりに住んでいたの? と、筆と地名と物語と歴史が結びついてとても驚きました。しかも、それからしばらくして届いたファンレターに「私は結婚して佐保の筆屋に嫁いだのですが、先日萩尾先生がうちの筆をたくさん買ってくださったと聞いてびっくりしました」と書いてあったんです。これも不思議なご縁ですよね。仕事がデジタルに切り替わるまでは、ずっとその佐保の筆を愛用していました。

思春期の少女を励まし成長を促してきた「少女小説」

 氷室さんといえば「少女小説の旗手」で、少女小説というジャンル自体、昔からありましたが、70年代に氷室さんが開拓した少女の描き方は、新しかった。女の子が明快で物おじせず、行動的。女の子が元気に頑張る物語を氷室さんはとても愛していらっしゃって、作家としての活動初期には、『若草物語』や『赤毛のアン』、『あしながおじさん』など、「あらゆる少女たちにこの物語を読んでもらいたい」と、アメリカでは「家庭小説」と呼ばれているジャンルの叢書そうしょ出版を企画しておられましたね。日本の少女小説とアメリカの家庭小説には、思春期の少女の成長物語という点で通じるところがあるんですが、他の国はどうなっているのかなと時々思います。
 そういえば、少女漫画家としての仕事で海外へいくと、必ず現地の方に訊かれる質問があります。「どうして日本には少女漫画と少年漫画があるんだ」というのです。「自分たちの国には、男が読みたがる漫画、女が読みたがる漫画はあるけれど、最初にジャンル分けはしない」と。逆に、日本ではジャンルが分かれているのが当たり前。文化的背景、歴史的背景、社会的背景が絡むお話なんですけれど、その違いは面白いですね。
 氷室さんには、私の作品への解説をお願いしたこともあります。一九八八年に刊行された小学館叢書の『ポーの一族』第一巻の解説です。小説家の方に漫画の解説を依頼するなんていいのかしら、と、当時は逡巡しゅんじゅんもしたものですが、ものすごく丁寧に推敲を繰り返した原稿を頂戴して、『ポーの一族』への深い愛を感じて嬉しかったですね。
 さらに、この解説について「中・高校生のころに、萩尾先生の作品を読めたのは、わたしの一生の財産です」「作家やってて、よかった! もう、このまま失業しても悔いはない!」というぐらいに感激した、ということを、後に刊行されたエッセイ(『ガールフレンズ 冴子スペシャル』コバルト文庫)でも述べてくださっていて、とても光栄でした。
 だから、今回私が『銀の海 金の大地』に寄せた解説を、氷室さんはどんな風に読んでくださるだろう、本当は今も、そばにいて、私の言葉に耳を傾けていてくれるんじゃないかしら……と、しみじみ考えています。

90年代コバルト文庫で人気を博した、氷室冴子の伝説のシリーズ
『銀の海 金の大地』奇跡の復刊!

(装画:飯田晴子)
集英社オレンジ文庫より好評発売中

萩尾望都

はぎお・もと●漫画家。
1949年福岡県生まれ。69年、『ルルとミミ』でデビュー。76年『ポーの一族』『11人いる!』で小学館漫画賞。97年『残酷な神が支配する』で手塚治虫文化賞マンガ優秀賞。2006年『バルバラ異界』で日本SF大賞など、受賞多数。12年には少女漫画家として初の紫綬褒章を受章。16年、40年ぶりに『ポーの一族』の新作を発表。17年、朝日賞を受賞。19年、文化功労者に選出。22年には米国のアイズナー賞「コミックの殿堂」入り、同年、旭日中綬章を受章。24年、フランスで開催された「アングレーム国際漫画祭」で「特別栄誉賞」を受賞。日本芸術院会員に就任。

『銀の海 金の大地 11』

氷室冴子 著 飯田晴子 装画
解説:萩尾望都

発売中・集英社オレンジ文庫

定価880円(税込)

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