小学生の佳夏は引っ越してきた町で道に迷い、この町の奇妙な風習に気づく。道沿いの家の軒下には黒ずんだ細長いものがぶら下がっており、それは蛇に似た「イビ」という生き物の死骸を干したものだという。迷い込んだ山で佳夏は不思議な声を聞く。「このまちのひみつ」「かわいそうといってはいけない」「イビラがくるよ」と。イビの変化したイビラという化け物がいて、その声が佳夏に呼びかけるのだ。やがて佳夏の周囲では次々異変が起こる。山に埋もれていた白骨死体の発見、妹の異常な食欲と奇行、学校でのいじめ、友人の失踪……イビ=イビラをめぐるこの町の呪いは、最大の行事「イビおくり祭り」で最高潮を迎える。
じわじわ迫りくるのは、食べる/食べられることによって取り込まれてしまう恐怖、そしてひらがなで表される子供の声で繰り返される言葉の恐怖、いずれも口に繫がる恐怖だ(井上宮という作家は口の恐怖を描くのが非常に上手い)。それは江戸の昔にこの町で起こった悲劇であり、イビを厄除けに使う風習に繫がっている。大人たちはイビを粛々と受け入れ、子供たちは恐れ忌み嫌う理由も明らかになっていく。
驚くほど土着的な因習に根づいたこれらの出来事は現代に起こっている。佳夏がかつて住んでいた高層マンションのある街には車ですぐに移動できるし、親友の小雪とはキッズ携帯のメールでやりとりすることができる。だからこそ、現代に潜む闇を垣間見せられたような怖さがある。
現代では江戸時代のように子供が飢え死にするようなことはそんなにない、とされている。だが、佳夏の導き役となる理來少年は飲んだくれで生活能力のない父親の面倒を見るために不登校になったヤングケアラーだし、佳夏に手を差し伸べてくれる美少女エリィは親から東大に行くことを強制される教育虐待を受けている。佳夏自身もマンションのモンスタークレーマーのために転居を余儀なくされストレスを抱える身だ。そんな子供たちの声なき声が胸をつくように迫ってくる。きっとこんな町はどこにもないけれど、どこにでもあるのだ。