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渡辺 優『女王様の電話番』
人によって性への感覚がちょっとずつ違うということを書きたかった

[インタビュー]

人によって性への感覚がちょっとずつ違うということを書きたかった

仕事を失った志川しかわが見つけたアルバイトは、性感マッサージ店の電話番だった─渡辺優さんの新作小説『女王様の電話番』は、ヘテロセクシュアルの恋愛が王道とされる社会に馴染めない女性の、冒険と成長の物語。著者の中に蓄積された違和感が発端だそうだが、そこにはどんな思いがあったのか。

聞き手・構成=瀧井朝世/撮影=山口真由子

── 作『女王様の電話番』の冒頭にあるのは、〈この世界はスーパーセックスワールドだ。〉〈私はそのことに気づくのがひとよりたぶん遅かった。だから仕事を失った〉。主人公の二十代女性、志川の言葉です。スーパーセックスワールドという単語には、どんな意味あいをこめましたか。

 誰もがヘテロセクシュアルでセックスをする人間だということが前提になっている世界、といいますか。作家になる前から、この世界はスーパーセックスワールドだな、と違和感を持つことが多かったんです。私は学生の頃から友達にレズビアンの子やアセクシャルの子がいたりして、王道の男女の恋愛とは違う話を聞いていたんですね。それにヘテロセクシュアルの人たちでも、人によって結構セックスに対する価値観が違うとも感じていました。男女二人でご飯に行ったらセックスOKだ、みたいな価値観の人もいれば、男女二人で泊まってもそういう関係じゃない、という人もいる。セックス以外でも自分と相手の価値観が違うと感じることはありますが、それがセックスになると、もうまったく価値観が違うと感じるんです。そうしたグラデーションはあれど、この世界はやっぱりスーパーセックスワールドで、そこに馴染めない人はいるし、そもそも自分も馴染めているのだろうかと考えることが多くて、そうした違和感が蓄積されていました。

── ご自身の中に昔から「スーパーセックスワールド」という言葉があったのですか。

 いえ、このワードはなかったんです。自分が感じてきたことを短い言葉で表現しようとした時にすっと出てきました。
 編集者さんと打ち合わせの時に、スーパーセックスワールドに対する愚痴みたいなことを話していたら(笑)、そういう小説が書けるんじゃないかとご提案をいただいたのがこの小説の始まりです。

スーパーセックスワールドへの「分からなさ」から生まれた主人公像

── 志川は、これまでに異性を好きになったことはあっても、セックスは無理だったんですよね。アセクシャルという言葉は知っているけれど、自分がそうなのか、どうやって確かめたらいいのか分からない気持ちでいる。こうした主人公像については。

 自分の中に蓄積されてきたものが多すぎて小説に落とし込むのが難しくて悩んでいた時に、スーパーセックスワールドのことがよく分からない主人公にすれば、書けるかなと思いついたんです。
 この主人公は、アセクシャルというものを知らずに生きていたとしたら、もっと辛かったのかなと思います。だからそれを知識として得られたのはいいことであった一方で、自分がちゃんとそこに当てはまるのかとか、今後そのアイデンティティに自分を当てはめて生きていくのかとか、いろいろ不安もあるだろうな、と書きながら思いました。なので、アセクシャルかもしれないけれど分からない、という人物になっていきました。

── 仕事を失った志川がコールセンターの求人募集を見つけて応募したら、実は女王様をデリバリーする性風俗店「ファムファタル」の電話番の仕事だったという。こうした職場にしたのは、どうしてですか。

 以前、バイトを探していた時に、普通のコールセンターの求人かと思っていったら、デリバリー風俗のお店だったことがあって。それで一日だけアルバイトしてみたんですね。その時に、まさにこの中に書かせてもらったような驚きや戸惑いがいっぱいあって、いつか書きたいと思っていました。

── 一日で辞めちゃったんですか。

 何も知らずに面接に行って、そういうお店だと知った時は「あ、知らない世界だし面白そうだな」と思ったんです。初日は研修で、先輩の横について電話の内容を聞いたり作業を見ていたりしたんですね。そうしたら、お客さんの要望を聞いてドライバーさんがどこにいるか把握して移動に何分かかるからこの子でとか、ものすごくテキパキ手配しているので私には無理だと思いました(笑)。雇用保険がないことなども分かって、私にはこういうバイトをする覚悟はできていなかったな、と思いました。
 でも、たった一日だけでも、独特だなと感じる部分がたくさんあったんです。スーパーセックスワールドについて書くことにした時、すぐに思い出したのがその時の経験でした。

── 志川は前職が不動産業だったんですよね。

 実は私は不動産業でも働いたことがあるんです。いろんなバイトをしてきたことが今役立っています(笑)。その時は、夫婦の寝室と子供部屋がひとつあるような、マジョリティの生活スタイルを考えて作られた家を買いにくる人たちと関わることが多かったんです。そうしたスーパーセックスワールドの王道を歩いているように見える人たちを相手にする仕事と、スーパーセックス産業なのにちょっと外れた雰囲気の「ファムファタル」というお店が対比になればいいな、と思っていました。

── 志川が電話番のバイトについて友人に屈託なく話すと、「絶対やめたほうがいいよ」という子もいれば、「私、デリやってたんだよね」という子もいる。友達同士でも感覚が違うのがよく分かりますね。

 それが書きたかったんです。そんなふうに、人によってちょっとずつ違うなと感じることが、自分の中で蓄積されていたので。

女王様失踪の真相を追うというミステリー要素も

── 一方、バイト先では美織みおりさんという優しい女王様に好感を持っていたところ、彼女が突然音信不通となる。志川は心配して彼女を捜しはじめ、ここから探偵小説のような展開になりますね。

 最初にざっくりしたプロットを作った時から、志川の一番の推しの女王様がいなくなることは頭にありました。
 自分の読書の好みとして、若干ミステリー要素やサスペンス要素が入ったものが好きだったので、書く時もそういう要素を入れたほうが楽しいんです。それと、デリバリー風俗の世界は昼職に比べて突然無断で辞める女の子が多いと聞いていたので、このお店で起きそうな出来事を考えた時、女王様が失踪するという流れは自然と浮かびました。

── 志川が美織さんを捜そうとすると、お店の人たちから「なんで?」「お金貸してたの?」とか、恋愛的な意味で「好きだったの?」と言われる。みんな無断退職に慣れているせいか、美織さんのことを心配もしない。

 主人公が周囲のそうした反応を意外に思うところを書いた後で、実際はどんな反応が普通なんだろうと心配になりました。もしかすると「じゃあみんなで捜そうぜ」となる場合も結構あるのかな、って。それで編集者さんに聞いてみたら、「自分もなぜ志川が美織を捜すのか分からなかったです」と言われて、これでいいのかな、と安心しました。
 今まで書いてきた小説は、自分の思いのままの反応を書いていればよかったんです。でも今回は主人公が平均値を分かっていないという設定である以上、周りの反応が平均的なものがであってほしいので、そのバランスに悩みました。「これが平均値」と思って書いても、自分がずれているかもしれないし。その正解のなさみたいなものも、表現したかったことなんですけれど。

── 美織さんを捜す中で会う風俗の利用客も面白かったです。石原さんという高齢の利用客は、美織さんと友人同士のような親子のような、不思議な関係が成り立っている。

 風俗を利用する人の中には会話をより重視する人もいる、みたいな話を聞いたことがあって。じゃあ別に風俗じゃなくてもよくないかと言われそうですけれど、風俗でしか話を聞いてもらえないくらいの孤独もあるのかなと思いました。それで、石原さんみたいな人が出てきました。

── かと思えば、一見そんなふうには見えないのに風俗を趣味にしている青年もいます。

 また前の職場の話になるんですけれど(笑)、飲み会の席で必ず性風俗の話をしてくる男性の社員が一人いたんです。趣味の話をするかのごとくのテンションで、「こないだこの映画を観たよ」くらいの気軽さで「最近メンズエステ(性感マッサージ)の業界が熱くて」みたいなことを言うんですよ。こういう人もいるんだな、だから風俗業界が成り立っているんだなと、印象に残っていました。

── そうした美織さん捜しの一方、志川は不動産業時代の同僚、吉野ちゃんと再会します。かつて「他人に対して性欲を持たない」という志川に対し、「そんなひとがいるわけないじゃん」と言い放ったことを吉野ちゃんは謝ってくる。自分もその後いろいろ学んであなたのことを理解しました、と言いたげなんですが、話してみると全然分かっていなくて、彼女が言うことがもう、ものすごく嫌な感じで……。

 ああ、嫌な感じと受け取ってもらえて安心しました。あの場面って、人によってリアクションが違うんですよ。吉野ちゃん側の見解の人もいるんです。

── そうなんですか。吉野ちゃんは、アセクシャルでも我慢すればセックスできるだろう、みたいなことを言いますよね。志川がどれだけ無理なことか分かってもらうために「吉野ちゃん、お母さんとセックスできる?」と聞いても通じない。あれくらい通じない人って、本当にいますよね。

 あの場面では通じなさを分かってほしかったので、そう言ってもらえると嬉しいです。吉野ちゃんのリアクションについては、「こんなに通じないわけないだろう」と読者に思われたら、主人公に対する試練としてはフィクション的になってしまうので、バランスに悩みました。でも、そうであっても、吉野ちゃんはヘテロセクシュアルでスーパーセックスワールドのど真ん中を行く人間として書きたかったんです。
 こういう通じなさって、みんな自分のセックスワールドのことしか知らないからなのかな、とも思うんです。他人からすれば、私にも通じないと思うところがあるだろうし。

── 確かに。さきほどの、吉野ちゃんの通じなさが嫌だったというのも、私の基準での感想にすぎないですよね。ただ、通じない相手から「お前がおかしい」「自分たちに合わせろ」という圧があるのは辛いですよね。吉野ちゃんの他にも、志川に「いつか大丈夫になる」と言ってくる人がいますよね。

 その台詞も、スーパーセックスワールドのど真ん中を生きてきて、これからも生きていくであろう人の想像力の限界として書きました。ただ、あの人はセックスが関わらない場ではすごくいい人なんです。
 人としての感じのよさと、セックスに対する感覚って人によってちぐはぐだったりするのかなとも思います。クズ寄りの人だけどセックスに対する考え方は真面目で浮気はしない、という人もいると思うので。

── 志川自身も、とある女性に「彼氏いるんですか」と聞いて、無神経な発言をしたと気づく場面がありますよね。

 あれは絶対に言わせようと思っていました。私自身も自分はスーパーセックスワールドが分からないと言いながら、周囲の人はみんなスーパーセックスワールドの王道をいっていると思いこんでいたところがあります。仲がいい男女がいた時、その人たちのセクシュアリティを知りもしないのに「二人は絶対お似合いだよ」などと言ったこともありました。なので、あの場面は自戒の念もこめて書いておきたいなと思いました。

── さて、美織さんについては意外な事実が見えてきます。作中、「誰でもそれぞれの地獄を背負っている」という言葉が出てきますが、美織さんにとっては、「地獄」が違う言葉に変換される。彼女の人生観や人間観に圧倒されました。

 美織さんが消えた理由は、最初はもっと利己的なものを考えていたのですが、もうちょっと愛情を出したいなと思って。改稿するうちに変わっていって、そのなかでああいう言葉も出てきました。美織さんは人に対しての距離感がバグっているなと私は感じたので、そうした部分は残しつつ。

── 美織さんや周囲の人とのやりとりを経て、最後、志川はようやくここにたどり着いたんだと思いました。

 最初は、主人公がスーパーセックスワールドの世界で自分なりのセックスを見つける、みたいな展開を考えていたんです。けれど書いていくなかで、それよりもスーパーセックスワールド以外の部分というか、主人公にとって大事にしていきたい世界にフォーカスしていく話なのかなと思ったんです。スーパーセックスワールドが分からないままでも、そういうものがあればやっていけると思えるものを見つける、くらいの終わりのほうが落ち着きがよい気がしました。

── スーパーセックスワールドに馴染めないなにかを感じている人たちは、読んで励まされると思います。

 そうだといいなと思います。セクシュアリティに関係なく、このスーパーセックスワールドとはなんだろうと感じたことがある人にはぜひ読んでもらいたいし、読んでどう感じるのかはすごく知りたいです。

── 予想外な世界の広がりを見せてもらえて、本当に面白かったです。

 ありがとうございます。

渡辺 優

わたなべ・ゆう●作家。
1987年宮城県生まれ。2015年に「ラメルノエリキサ」で第28回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。他の著作に『自由なサメと人間たちの夢』『アイドル 地下にうごめく星』『クラゲ・アイランドの夜明け』『アヤとあや』『カラスは言った』『私雨邸の殺人に関する各人の視点』『月蝕島の信者たち』などがある。

『女王様の電話番』

渡辺 優 著

8月26日発売・単行本

定価1,980円(税込)

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