[本を読む]
被爆80年 核抑止という
虚構を問い直す
「核抑止」と聞いて思い出すのは、2年前の広島に漂っていた異様な空気だ。2023年5月に広島市で開かれたG7サミットである。
核保有国の米英仏、そして「核の傘」に依存するドイツ、イタリア、カナダの首脳たちが平和記念公園を訪れ、岸田文雄首相(当時)とともに原爆慰霊碑に献花。核軍縮に焦点を当てた初の共同文書「広島ビジョン」も発表され、「歴史的なサミット」と成果が強調されて幕を閉じた。
しかし、被爆者たちは怒っていた。
広島ビジョンは「核兵器のない世界」を唱えつつ、「防衛目的の核」を肯定したからだ。ロシア、中国、北朝鮮やイランの核政策は批判する一方で、自分たちの正当性を主張。論理は破綻しており、取材をしていた私も「ヒロシマが利用された」と憤りを覚えたものだ。
あれから2年、「核なき世界」は近づくどころか遠ざかっている。各国の為政者は核の恫喝を繰り返し、核抑止論がますます力を持つようだ。広島・長崎への原爆投下から80年を迎える今夏、やるせない気持ちで本書を手に取った。
目を開かされる思いがした。広島ビジョンは表出してきた
著者は国際関係論の専門家。膨大な資料をもとに、核抑止論がうまれた経緯を紐解いた。非現実的で信憑性のない「脅し」の力を維持するためには「狂気」を前提とせざるを得ず、世界が不安定化してきた事実を指摘。そして、現在の「核危機」を誰がどのようにつくってきたのかも曝露する。核保有国のダブルスタンダードが今に始まったことではないことも指摘した。
恐ろしいのは、本書があぶり出した構図が過去のものではないことだ。イスラエルによるパレスチナ人虐殺、ロシアによるウクライナ侵攻、インド・パキスタンの軍事衝突……本書を読み終えた後、全ての問題が1本の線でつながって見えてくる。
「被爆80年」は、単なる節目ではない。核の存在を許してきた年月でもあるのだ。何に抗い、何を壊すべきか。その手法まで明らかにした本書は、核なき世界を求める我々の道しるべとなるはずだ。
小山美砂
こやま・みさ●ジャーナリスト