[ナツイチインタビュー]
ラストの衝撃を大切にした物語
今年も夏がやってきます。毎年恒例、集英社文庫のサマーフェア「ナツイチ」。目玉のひとつは、ついに文庫化される知念実希人さんの『真夜中のマリオネット』です。作品について、読書についてお話をお聞きしました。
「青春と読書」本誌掲載のインタビューに加え、Web拡大版として創作についてのお話をお送りします。
聞き手・構成=タカザワケンジ/撮影=山口真由子
「ラストの衝撃を読者に」がコンセプト
――『真夜中のマリオネット』執筆当時を振り返って思い出されることはありますか。
ラストの衝撃を一番大切にして書いた作品なので、そこに行くまでにどれだけ伏線を張って、どう物語をふくらませて、最後にどうひっくり返すか。その構成に苦心した思い出がありますね。
―― 文庫化にあたって再読し、その伏線のすさまじさにあらためて驚かされました。そして、この小説のキーパーソンとなる石田涼介のインパクト。連続殺人事件の犯人なのか。愛しい人を亡くした被害者なのか。主人公の女性医師、小松秋穂とともに読者も翻弄されます。
石田涼介もやはり最後の衝撃のために必要なキャラクターでした。犯人であっても、被害者であってもおかしくない。読者に最後まで迷ってもらうためには、興味を持ってもらえる魅力的な人物でなければなりません。そこで少し不安定なところがあって、言動に揺れがあるような、と考えていってつくりだしたキャラクターです。
――『真夜中のマリオネット』というタイトルも秀逸です。人形という表現が随所にちりばめられていて、たとえばそれは人間がある種の絶望を経験した時に魂が抜けてしまったような状況だったりする。マリオネットという発想はどこから出てきたのでしょうか。
それも最後の驚きのためなんです。誰が操っている側で、誰が操られている側か。その真相がわかった時の驚きを読者に味わってほしい。自分の意思で動いていたつもりが、実は操られていたのかもしれない、と気づくことって世界がひっくり返ってしまうようなことだと思うんです。それを表現する言葉としてマリオネットというイメージが出てきました。
―― 操り人形を動かす糸が錯綜して、どの糸がどうつながっているのかを考えながら読む楽しみがありました。緻密に構成された作品ですが、知念さんはプロットを先に組み立てられてからお書きになるのでしょうか。
そうですね。ミステリは構造が大切です。伏線を張り巡らして、最後にすべてをひっくり返すためには、早い段階でプロットを組み立てておく必要があります。最初の段階でかなり計算して構成をつくりました。
―― ミステリならではの計算があるわけですね。作家になるまでに豊富な読書体験があったと思うのですが、初めて買った文庫は覚えていますか。
初めて買った文庫はさすがに覚えていないですね。小学生の低学年だと思うのでホームズかな。
―― やっぱりミステリですか。
ミステリですね、間違いなく。ホームズかクリスティか、どっちかだと思います。最初は子供向けの文庫でしたが、小学生の半ばぐらいからは大人向けの文庫で海外ミステリを読んでいました。
―― 夏の読書の思い出はありますか。
夏休みにだらだらと本を読むのが好きでした。図書館にも行きましたが、自分のものにしたいし、ゆっくり読みたいのでなるべく買って読むようにしていましたね。いまのようにインターネットで検索するのが当たり前ではなかったので、毎日のように書店に行って、何か面白そうな本がないかと探していました。お小遣いが限られていたのでほしくても買えない本があったりして、文庫化されると嬉しかった覚えがあります。『真夜中のマリオネット』も、文庫化を機にぜひ多くの方に読んでもらいたいですね。
作家になって小説の読み方が変わった
―― もう少し創作についてお聞かせください。『真夜中のマリオネット』は予想外の展開が魅力のひとつです。知念さんはとある対談で10ページに1度読者に驚きを与えたいとおっしゃっていますね。
そうですね。読者の興味が途切れないような物語を書きたいです。読者が常に興味を持って、先に先に読み進めたいと思ってもらえるような小説を心がけています。
『真夜中のマリオネット』に関しては、誰が真犯人なのか、秋穂と涼介の関係がどうなるか、そのふたつの興味で最後まで読者を引っぱっていきます。そのために常に読者の気持ちが揺れ動くように考えました。たとえば涼介が真犯人だろうか、それとも被害者なんだろうか、とか。読者が常に迷いながら、興味を失わずにどんどん先に進んでいける構成にしています。
―― 単行本から文庫までに2年半がたちましたが、文庫化にあたって再読されてどんな感想をお持ちですか。
面白かったです(笑)。その間に何作も書いているので、細部はすっかり忘れているんですよね。こんなシーンを書いたのかと自分でも驚いたり。そういう意味でも面白かったです。
―― 読書についてももう少しお聞きします。作家デビューしてから読書習慣は変わりましたか。作家のみなさんはよく、作家になると本を読む時間がなくなるとおっしゃいますが。
たしかに自分の小説のための資料を読む時間が多くなり、小説を読む量は少し減りましたね。小説を以前より読まなくなったのはもうひとつ理由があって、技術的なことが気になって無心で楽しめないということもあります。なぜこういう文章表現をしているのか。改行をこのタイミングでしたのはなぜか。なぜこの人物の視点で描いているんだろうかとかが気になって。
もちろん巧い方の小説は勉強になるんですが、作品によっては細かいところが気になって物語に入り込めなくなってしまったりします。たしかに一般読者だった頃とは違う読み方をしていますね。
そういう意味では、映画のような小説以外のフィクションをインプットすることのほうが増えています。
―― 小説を技術論からお読みになるようになったとのことですが、プロの作家として、読者がどう読むかを常に考えているということですよね。
作家にはふたつのタイプがあると思います。読者のことを考えて書く人と、考えずに書く人。僕は前者ですね。読者がどう読むかを念頭において、すべて計算して書いています。細かいことで言えば改行をどれぐらいの量にするかとかまで。これまで小説を書いてきて、常にどうやったら小説がよくなるかを考えながら書いてきました。
数ページで小説の世界へ誘う
―― 読者を驚かせるためには、小説の中に浸りきってもらう、没入してもらうことも大事ですよね。知念さんの小説はそういう意味でも、途中でページをめくる手を止められなくなります。
没入感はとても大切です。最初の数ページでその小説の世界に入ってもらう。最初が肝心なんです。そこでいかにして世界に読者を引き込むか。小説の世界とシンクロさせるかというのをすごく意識しています。
――『真夜中のマリオネット』はこんな文章から始まります。「けたたましいアラーム音が鼓膜を揺らす。氷のように冷たい汗が背中を伝っていく」。舞台は病院の救急部。主人公の秋穂が置かれたのっぴきならない状況を簡潔に伝えています。
小説は主人公と読者が同化して読んでいくものなので、状況を説明するだけでなく、できる限り読者が主人公に同調できるように、心情まで書くようにしています。読者が主人公と一体になって読んでもらいたいので。
―― サブキャラクターの「濃さ」も印象的です。たとえば秋穂と涼介が逃げ込む新宿2丁目で
あまり細かいことは考えずに書き始めますね。こういうキャラクターが出てくるというのはなんとなく考えてはいますが、ある程度は臨機応変に、書いていくうちにキャラクターをつくっている感じですかね。
紅さんでいえば、平凡な普通の人を出しても意味がないので、複雑なバックグラウンドがあって、人として生き生きとしてリアルな姿を書きたくてああいう人物になりました。
実写、アニメに負けない小説の強み
―― ストーリーを考えるのはどんな時でしょうか? 机に向かっている時でしょうか? それとも別の何かをしている時に?
いつも次に書くもののことを考えているので、歩いている時や、体を動かしている時、ぼーっとしている時にふっと思いつきますね。思いつくのはアイデアの種みたいなものですけど。
そのアイデアを小説に落とし込むために、構成を考えるんですが、その時は机に向かいます。ストーリーの構成は緻密に設計しなくてはならないので。
―― 構成の段階でしっかり詰めておいて、書き始めるという手順ですか。
そうですね。執筆中は、頭の中で出来上がっているストーリーを文字に落としていくという感じですね。
―― 書き上げてから整えたりする時には何を意識されていますか。
地の文をできる限り削っていくとか、スピード感を出すために調整したりしています。
―― 昨年刊行され、今年連続テレビドラマになった『となりのナースエイド』は企画段階から映像化を予定した作品でした。『天久鷹央の推理カルテ』のアニメ化も発表されましたね。それ以外にもメディアミックスを経験されていますが、あえて小説ならではの面白さを挙げるとするとどんなところでしょうか。
やはり先ほども言ったように、自分で文字を追っていくことによって主人公にシンクロできる、自分が物語の中に入っていく没入感ではないでしょうか。映像作品はこちらが何もしなくても流れていきますが、小説は自分から能動的に文字を追う必要があります。そこにハードルがあるとは思いますが、それさえ越えれば、物語にどんどん深く入って、自分が本当に登場人物になっているような感覚を得られます。これは映像作品にはない小説ならではの経験だと思います。
小説の強みは地の文で心情を書けること。心の動きを書けるというのは大きなメリットなので、いかにそのメリットを有効に使うかを考えるようにしています。
良質な作品を量産できる作家に
――『真夜中のマリオネット』が出た後の作品だけを見ても、コロナ禍を題材にした『機械仕掛けの太陽』、バイオホラーに挑戦した『ヨモツイクサ』など、新しいチャレンジを続けられています。これからこういう小説家になっていきたいみたいな小説家像はありますか。
うーん、小説家としてですか。小説にしたいアイデアはたくさん浮かぶので、後はどう小説にするか。そこで技術のことを考えるんです。
先輩小説家の中では東野圭吾さんに近いタイプだと思っています。東野さんの小説を読むと、技術的にすごいことをたくさんやっていて、勉強になりますね。
―― 東野さんの読者も小学校高学年くらいから中高年までと幅広いですが、知念さんの読者も幅が広いですね。『放課後ミステリクラブ』のようなヤングアダルト向けのシリーズも出されていますし。
そうですね。若い人に向けて書くだけではなく、続けて読んでもらえるように定期的に書いていかないとと思っています。次の作品までタイムラグがあると読者がいなくなってしまうので。
―― 小中学校くらいの子たちだとすぐに成長するから、継続的に読んでもらえるような作品がないと定着しないんですね。
お気に入りの作品を書いた作家が次の作品を出さないと、読書自体をやめてしまう子もいるんですよ。それではせっかく本を好きになってくれた人も読まなくなってしまうので、すべての年齢層に読んでもらえるような面白い物語を定期的に届けたいと思っています。
技術論で書くということは職人に近い一面もあるので、10年、20年とキャリアを積んでいけばどんどん巧くなるはずなんです。僕もこれから小説を書き続けて、面白い小説を量産できるようになりたいですね。量産できる技術を身につけて、しかも質の高い作品をめざす。そのためにはひたすら書くことだと思っています。
知念実希人
ちねん・みきと●作家、医師。
1978年沖縄県生まれ。東京慈恵会医科大学卒、日本内科学会認定医。2011年、第4回島田荘司選ばらのまち福山ミステリー文学新人賞を「レゾン・デートル」で受賞。12年、同作を改題、『誰がための刃 レゾンデートル』で作家デビュー。「天久鷹央」シリーズが人気を博し、15年には『仮面病棟』が啓文堂文庫大賞を受賞、ベストセラーとなる。著書に「病棟」シリーズ、「祈りのカルテ」シリーズ、「放課後ミステリクラブ」シリーズ、『崩れる脳を抱きしめて』『ひとつむぎの手』『ムゲンのi』『硝子の塔の殺人』『ヨモツイクサ』等多数。