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行成 薫『おいしい季節がやってくる。』(集英社文庫)を大矢博子さんが読む

[本を読む]

味とともに継承される「思い」の物語

 個人経営の飲食店を舞台に、美味しい料理と温かな人間模様をオムニバスで綴ってきた人気シリーズの第三作である。
 第一話「YOLO」はキッチンカーで働く男性が閉店した洋食店のオムライスを再現しようと悪戦苦闘する話。第二話「夏の鉄板前は地獄」は海の家の長期バイトに駆り出された大学生の一夏の経験。第三話「サンクス・ギビング」では実家の近くにあるオーベルジュを取材することになったテレビ番組制作会社のADの思いと変化が綴られる。そして第四話「マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン」は五十年間豚汁を作り続ける女性の物語。それらの間におむすび屋を舞台にした掌編が挟まるという形式だ。
 どの話も出てくる料理が美味しそうでお腹が空くのは言うまでもない。ふわとろタンポポオムライス、海で食べる海鮮塩焼きそば、ジビエ、そして熟練の技の豚汁! 添え物のパセリですら愛おしく感じさせてくれるこの筆力たるや。
 だが本巻の最大の特徴はシリーズの大きなテーマが明確になったことだろう。
 それは「継承」である。
 第一作『本日のメニューは。』の登場人物が第二作『できたてごはんを君に。』にも立場を変えて登場したのは、シリーズ読者ならご存じの通り。さらに本書では既刊のエピソードのその先も読める。あの話のあの店の、あの店主の思いがこんな形で受け継がれるのか。あの話に出てきたあの食材は、こんな思いで作られているのか。あの話の何気ない会話の中に出てきた「うちの地元の習慣」はこんなふうに出来上がったのか。点と点のはずのオムニバス各話が、人が思いを受け継ぐたびにつながっていく。
 後継者不在で閉店せざるを得ない個人商店が多いのは事実だが、それでもその味と技術が「思い」とともに誰かに受け継がれていく様子が、本書には描かれている。親の思いが子に、先達の思いが後輩に、ひとりの思いが仲間に、それぞれ受け継がれていく。思いのこもった味は消えないのだと、力強く伝えてくる。
 第四話は切なさと、その中に込められた希望でシリーズの白眉たる一作だ。

大矢博子

おおや・ひろこ●書評家

『おいしい季節がやってくる。』

行成 薫 著

発売中・集英社文庫

定価825円(税込)

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