[本を読む]
「味の向こう側」への誘い
「味には向こう側がある。」
かつて芸人の麒麟・田村
子供の頃、赤貧生活を送っていた田村が、白米を味がしなくなるまで嚙み続けることで、無味の奥にある味覚のフロンティアを発掘したという、そんなエピソードの中で出てきた一言である。悲哀と逞しさが混ざった傑作ばなしとして印象に残っているが、本書にも、そんな風合いが漂う。
題材は、インネパ料理屋(ネパール人経営のインド料理店)。歯医者はコンビニよりも多いといった常套句はよく耳にするけれど、体感としてはインネパ料理屋もそこに比肩する。とにかくどの街にも必ずあって、必ず同じ面構えをしていて、必ずランチAセットに付くミニサラダの出来が悪い。
室橋は、そんな日本に当たり前にあるインネパ料理屋の味の向こう側に、読者を導く。 すると、どうだ。我々の当たり前に次々と奥行きが足されてゆく。なぜ“インネパ”はここまで増えたのか、なぜ同じ区画内に複数出店しているのか、そしてなぜ客がいなくても閉店しないのか。そうした当たり前すぎて、もはや考えることすらしなかった様々な謎を解き明かしてゆく。さらには、宗教的背景、日本の制度、国民性、あるいはブローカーの存在といった複雑に絡み合う事象をつぶさに検証しながら、ひとりのシェフの誕生から巨大市場がうみだされるまでの流れを通史で描くのだから、舌を巻く外ない。
だが、室橋の仕事はそうした歴史の編纂作業のみでは終わらない。とにかく現場へ足を運ぶのだ。全国のインネパ料理屋へ出向いては、取材を重ねる。そして、彼らの人生の足跡を温かく照らしてゆく。
TaiTan
たいたん●ラッパー