[本を読む]
魂の屋根裏部屋にしまうべき一冊
“魂の屋根裏部屋”。語り手のオスカルの口から言及され、作者カルロス・ルイス・サフォンによる序文「友人の読者たちへ」でも引用されるこの表現こそが、本書『マリーナ バルセロナの亡霊たち』の本質なのではないかと思う。
語り手である十五歳の少年・オスカルは、人が住んでいるとは思われない家で金時計を手にする。しかし、その金時計はその家の主であるヘルマン・ブラウのものだった。期せずして盗人となってしまったオスカルは、この金時計を返したいと、もう一度その家を訪れる。そこで、彼はヘルマンの娘、マリーナと出会うのだった。
この瑞々しい二人の出会いと共に、オスカルの冒険は幕を開ける。冒険というと胸躍るものに聞こえるかもしれないが、謎の温室で出会う不気味な人形や写真、遂に起こる殺人など、どこか陰惨な雰囲気が垂れ込めている。四十年前の事件が語られるに至って、その不穏さは頂点に達する。オスカルは一体何に巻き込まれているのか。
『風の影』『天使のゲーム』『天国の囚人』『精霊たちの迷宮』からなる「忘れられた本の墓場」四部作に先立つ作品であり、後の傑作群に繫がる作者の特徴を見出すことも出来る。四十年前の事件を巡るエピソードやその語り口などはその最たるものだ。バルセロナを「精霊たちの迷宮」と呼ぶ一節もあり、サフォンのロマンティック・ミステリーの源泉には、バルセロナという土地の持つ魔力があるのではないかと妄想させられる。何より、サフォンは語りが素晴らしい。一歩一歩踏みしめるように味わってほしい、そんな文章である。
この小説は、ミステリーであり、恋愛小説であり、青春小説である。こういう小説だ、とは一言で言いにくい。ただ、どうしようもなく、懐かしい気持ちにさせられ、小説の細部が心に残る。だからこそ、この小説は“魂の屋根裏部屋”に住み続けるのだ。残念ながら、屋根裏部屋のある家に住んだことは、ないのだけれど。
阿津川辰海
あつかわ・たつみ●作家