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片岡大右『小山田圭吾の「いじめ」はいかにつくられたか 現代の災い「インフォデミック」を考える』(集英社新書)
を石田月美さんが読む
人の複雑さを守り信じる強さを

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人の複雑さを守り信じる強さを

「本当のこと」はどこにあるのだろう。溢れかえる情報の中で、私たちは囚われることなく「本当のこと」に辿り着けるのだろうか。いつだって言葉は足りず、イメージの偽装は横行する。物事を単純化してはいけない、という単純なスローガンは日々受け取るのにその実例は驚くほど少ない。
 2021年夏、小山田圭吾の「いじめ」問題に関する不当な誤情報の拡散――インフォデミックが起きた。本書はその大規模な炎上を検証することを通し、単純化された情報による暴力から私たちの複雑な生の営みを取り戻すことに成功した稀有けうな一冊だ。著者が言葉を尽くして、実際に小山田がやったことを見定め、時代の文脈を理解し、匿名掲示板発の偏向的・歪曲的な正義が全国紙の正義となるまでを辿り、「本当のこと」に出会いなおした事実の軌跡である。
 誠実な検証もさることながら、日本におけるいじめ言説に対する分析は本書の白眉はくびだ。「いじめ自殺」の過度な報道は子ども達に自身の苦しみは死に値するものであり、自ら命を絶つのが正当な解決だと考えさせかねない。また、「いじめは傍観者も悪い」といった言説は人々の直感に響くところがある。だが、場を共有する者を全て「いじめ物語」の登場人物だと安易に捉えれば、関係の多様なリアリティは圧殺され、加害と被害の二項対立のみで書き換えられてしまう。それは子ども達の日常をかえって生きがたいものにするかもしれない。いじめという難問に対する著者の建設的な問題提起は、過去のいじめ問題だけでなく、今苦しみの渦中にいる子ども達をも救うだろう。
 本書に通底する旋律は、不安定さと曖昧さを抱えた人間という存在そのものへの祈りだ。その音は、この惑星でこれからも必要とされている小山田の音楽と共鳴する。どうか、人の複雑さを守り信じる強さを受け取って欲しい。様々なものは変わり消える。それでも本当の作品は、残る。常に問いを投げかけながら。

石田月美

いしだ・つきみ●作家

『小山田圭吾の「いじめ」はいかにつくられたか 現代の災い「インフォデミック」を考える』

片岡大右 著

発売中・集英社新書

定価 1,078円(税込)

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