[特集インタビュー]
LOVEゆえに人は道を誤ることも
事件の裏に隠された男たちの思いとは――
東京下町の老舗古書店〈
いつもの本編では、家長・
「書いていて楽しかった!」という小路さんに、本作の読みどころを伺いました。
聞き手・構成=宮内千和子/撮影=chihiro.
国外に出られない
ストレスを吹き飛ばしたい
─ 番外編、すごく楽しく読ませていただきました。とくに事件を予感させるハードボイルドタッチの冒頭シーンは、シリーズ本編とはまったく違う印象で、新鮮でした。
今までは、番外編といえどもサチをベースに本編ときちんとつながる構成にしていたんですが、今回はイギリスという舞台で、スコットランドヤード(ロンドン警視庁)の刑事や、サチといいコンビになるジュン・ヤマノウエという日系人の事務官という面白いキャラクターも登場することになったので、思いっ切り違う雰囲気にしようかと思いまして。せっかく刑事が出てくるんだから、ハードボイルドっぽい雰囲気で攻めてもいいかなと、あの地下室での密談シーンを冒頭に持ってきたんです。
─ なるほど。イギリスを舞台にするという発想は何かきっかけがあったのですか?
いろいろアイデアはあったんですが、担当の編集者さんと話していて、今はコロナの影響で行動が制限されて、国外に出られないストレスもたまっているから、せめて小説の中だけでもぱっと気持ちよく海外に飛び出ちゃおうかということでね。イギリスにはマードックや藍子もいるし、最初はイギリスで何か事件が起きて、堀田家全員をぽーんとイギリスに行かせちゃおうかと考えたんですけど、それはさすがにきついし無理があるなと。
じゃあ、誰をイギリスに行かせようか考えたときに、研人たちだと思った。研人たち〈TOKYO BANDWAGON〉のメンバーがレコーディングに行くというのはどうだろうというのをふっと思いついたときに、それがフックになって、物語が動き出した感じです。
─ そしてイギリスでも堀田家お約束の事件に巻き込まれていくと……。
そうそう。じゃあいったいどんな事件に巻き込まれるのか。スコットランドヤードの刑事も登場するので、はじめは殺人事件も考えたんです。でも、「東京バンドワゴン」でさすがに殺人事件はないかと思い直して、絵画にまつわるミステリー仕立てを考えてみた。藍子とマードックが画家だし、絵画の盗難事件ならばストーリーも考えやすいなと。ああ、そういえば以前のシリーズで、マードックが麻薬の密売人と間違えられたという話を書いたし、そのエピソードも使えるなと、いろいろな組み合わせで筋立てがまとまっていった感じですね。
サチと意思疎通できる
キャラを登場させよう
─ 愉快だったのは、堀田家の守護神サチさんが、研人たちと一緒にまたまたイギリスに同行しちゃうこと。10周年記念の『ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード』でも、サチさんは勘一さん一行とイギリスに飛んでいますね。おまけに今回はサチさんが大活躍するという楽しい展開で。
そうなんです。最初からサチはイギリスに同行させようと決めていました。何しろ物語の語り手ですからね。でも、事件の顚末を語るときにサチ一人ではカバーしきれないし、そこをどうフォローしようかと考えて。そこでぱっとひらめいたんです。堀田家における
─ ジュンとサチがまたいいコンビになりましたね。ゴーストが見える体質のジュンとサチが、日本とイギリスの幽霊はここが違うとか、二人で延々とゴースト談義をする場面は、すごく面白かったです。
あの場面は、ずうっと書いていたいくらい書いていて楽しかったです。サチが思いっきりしゃべれるので、つい筆がノッてしまった感じ。じつは、サチときちんと話ができる人間が出てくるのは初めてなんですよ。紺や研人たちは、姿が見えたり気配は感じるけれど、ここまで話はできない。でもジュンはサチと普通におしゃべりができる。だからそういう面白さも今回はあると思います。
また姿の見えないサチが海外の事件現場にいるという設定も、今まで隠れていた楽しさをちょこちょこと詰め込んだ特別な番外編になったかなと思っています。
タイトル曲に込めた
男たちの思い
─ ところで、本編ではビートルズの曲がタイトルになっていますが、今回の番外編で使われているのはエルトン・ジョンの曲ですね。何かこの曲に思い入れがあったのでしょうか。
まずイギリスなので、当然イギリスのミュージシャンの曲を使おうと思って、クイーンにしようか、ローリング・ストーンズにしようか、ロッド・スチュワートにしようかとか、いろいろ考えまして。最終的にエルトン・ジョンのこの曲が全体の雰囲気にもふさわしいかなということで、決めました。前作の「イエロー・サブマリン」と「イエロー」がかぶっちゃいますけど、やっぱりこの曲しかないということで。
─ この『グッバイ・イエロー・ブリック・ロード』は、きらびやかな出世街道を追うのはもういいよ、俺は自分の畑に戻るぜという内容の詞ですよね。
うん、歌の内容もこの物語の裏に流れる男たちの心情を汲んだものになっているのかなと思う。たとえば、マードックにしても、イギリスではそこそこ有名な画家ではあるけれど、日本が大好きで、また日本に帰って日本で暮らしたいという思いがある。今回登場するマードックの友人たちも、そういう内に秘めた思いをみんな持っている。でも現実は経済的なことや家族の問題があって、なかなか思うようにはいかない。そういうことが今回の事件の動機にも関わってくるわけで、エルトン・ジョンのこの曲は、そんな男たちの思いとも通じるものがあるなと思ったんですね。
─ ネタバレになるのであまり言えませんが、「東京バンドワゴンシリーズ」に出てくる事件には、必ずそうした人の思いが絡んでいますね。今回も、そうか、そうだったのかと読者が腑に落ちる結末が待っている……。
あくまでも「東京バンドワゴン」という世界観の中できちんと終わらせるということだけはいつもしっかりと意識しています。今回は堀田家の人間があまり登場していないんですが、事件の内容は、日本の勘一たちともネットでやりとりしたり、サチさんに頑張ってもらって、堀田家らしさは何とか出せたかなと。
本編はホームドラマ
番外編は二時間ドラマ枠
─ イギリスの監視システム態勢やその仕事に従事する人々の動向が詳細に描かれていて、驚きました。改めて取材したのですか。
いえいえ、映画で見たり本を読んで知っている知識を総動員しただけです。僕自身好きなので、こういうミステリーやサスペンス系の本も映画もいっぱい見ていますから。でも、ロンドンだけでも何百万という監視カメラの中で人々が生活しているというのは、ほぼ実態です。そういう怖さもエンタメとして読者に楽しんでもらえればと。
─ 詳しいといえば、絵画の知識もかなり専門的なことが出てきますね。盗難に遭った絵画の修復技術であるとか、その辺がちゃんと語られていることで面白さが倍増します。
あの辺の絵画知識は、他社さんの「花咲小路シリーズ」で、元・美術品の大泥棒だったというイギリスの怪盗紳士を出しているので、絵画や美術品関係はそこでけっこう突っ込んで調べて書いているんです。なので、古い絵画の知識や絵画の修復技術など、そちらで調べた知識をポンとこっちに持ってきたということで(笑)。なんならその怪盗紳士をこっちで出しちゃおうかとも思ったんですが、それはさすがにまずいよね(笑)。
─ 最後までどうなるんだろうという予測がつかない展開ですが、悩んだり苦労した部分は?
ネックになったのは、イギリス在住のマードックと藍子を中心にしたストーリーのはずなのに、マードックと藍子がほとんど出てこないこと。まあ事件の始まりが、マードックが何者かに連れ去られて消えるという出来事なので、事件が解決するまで再登場できないというジレンマがあって、そこはこれでいいんだろうかとずいぶん悩みました。でもそれはどう頑張っても構成上どうにもならない。そのぶん、イギリス側の人たちがいいキャラクターになってくれたので、それはそれで本編とは違う味が出てよかったかなと、書き終えたいまは納得しています。
それと、イギリスで起きている事件を書いているので、主要となる事件現場をどこに設定するかとか、マードック家との位置関係とか、そういうところで苦労しましたね。やはりミステリーは、刑事や探偵の追跡にしても、実際の情報に即して展開していかないとリアリティーに欠けてしまいますから。車で何分とか、舞台となる場所の位置関係はしっかり確認したつもりです。
─ その意味では単発のミステリーとしても楽しめますね。しかし、事件解決後の我南人のLOVEな台詞の締めはさすがです。
その辺は、絵画の盗難事件と「東京バンドワゴン」らしさをうまくバランスよく練り合わせることができたかなと思います。いつもの本編は大家族が活躍するお茶の間のホームドラマとして、今回の番外編はちょっとスピンオフした二時間ドラマという枠で楽しんでいただければと思っています。
目下、思案中の案件は
堀田家vs.コロナ!
─ 今回活躍した日系人のジュン・ヤマノウエさんは、これから本編でも登場しそうな魅力的なキャラクターですね。次回作の構想は、もう考え始めているんですか。
ジュンとサチさんが日本でまたタッグを組むというストーリーは十分にありそうですね。
ただ、目下思案中なのは、小説中でコロナ禍をどうするかという問題。このシリーズは番外編を別枠にして、一年に一歳ずつリアルタイムにみんな年を取っていく設定になっています。ただしリアルタイムで同時進行しているわけではない。厳密に言えば、コロナ禍が訪れるのは、あと3、4年後。そのときにコロナを背景に堀田家を書くのかといえば違う気がする。かといってこのままコロナが全く来ない世界観で書いていくのもどうなんだろうなという……。
─ それは悩ましい問題ですね。堀田家の人々がコロナにどう対応するのか、見てみたい気もしますけど。
うん、ご近所のたまり場だったカフェ「あさん」が、テイクアウトや配達が中心になっていたり。あるいは研人たちがライブ配信してたりとか(笑)。アイデアは出てきますけどね。来年の4月ごろには収まっているような気もするし、どうなるかわからないのが悩みどころです。一つ考えたのは、次回作のしょっぱなで勘一に「いやあ、コロナにはまいったよ!」と一言言わせて過去のことにしてしまう案。それはありかなと思うんですが、ちょうどその頃、第4波とか第5波が来てたりしたらシャレにならないし。そこはこれからじっくり考えます。まずは番外編で思いきりストレス解消してください(笑)。
「東京バンドワゴンシリーズ」の既刊情報は、特設サイトでご確認ください。
https://www.shueisha.co.jp/bandwagon/
小路幸也
しょうじ・ゆきや●作家。
1961年北海道生まれ。著書に「東京バンドワゴンシリーズ」「花咲小路シリーズ」をはじめ、『空を見上げる古い歌を口ずさむ』(メフィスト賞)『Q.O.L.』『東京公園』『〈銀の鰊亭〉の御挨拶』『三兄弟の僕らは』等多数。