[本を読む]
真っ直ぐに流れない。だから誰かに届く
瀬戸内にある
この美術館が大好きで、もう何度も通っている。不思議なことに、同じ場所から同じ様に湧いているはずの水は、決していつも同じ様には流れない。真っ直ぐ、一直線に泉を目指すものもいれば、右に左に曲がったり、思わぬところで止まってしまうものもいる。だから美しく、面白い。
本書を読み終えたときふと、あの豊島の美しい水の流れを思い出した。登場する家族やその周りの人たちは皆、自分だけの泉の
性別や年齢、社会的立場によって定義され、押し付けられる「普通」の窮屈さを、誰もが何かしら味わったことがあるだろう。また日常の中で意図せずして「普通」を押し付ける側に回ることもあるかもしれない。たしかに身に覚えのある登場人物たちの痛みと同時に本書は、他者に「普通」を強いる側にいるかのように見える人もまた、過去のどこかで「普通」を強いられる側であった背景をも描く。
しかし、さまざまな理由から一度は「普通」に自分を収めてしまったとしても、誰かの澄んだ水に接することで私たちの心は洗われ、再び自分だけの泉を目指すことができる。作中に描かれる
紫原明子
しはら・あきこ● エッセイスト