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松井今朝子/池上冬樹 『土に贖う』河﨑秋子 著

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消えた職業から問い直す生きる意味

松井今朝子

 あと十年で消える職業、なくなる仕事を世界中の人びとが気にする昨今。この短編集は北海道で既に消えた職業、なくなった仕事を取りあげて、人間が生きるという意味を俯瞰(ふかん)する眼差しに導いてくれる。
 たとえば今や天然記念物となった海鳥を片っ端から撲殺して羽毛をむしり取る仕事にもそれなりの理屈と快感のあったことが、現場を目撃するような迫真性のある筆致で描かれた「南北海鳥異聞」。今やファーフリー運動で指弾されそうなミンクの養殖業者も、良質の毛皮が人間を幸せにするという信念に充ちていたことに改めて気づかせてくれた「頸、冷える」。かつて農耕や運搬に欠かせなかった重種馬(じゆうしゆば)が酷使された末の埋葬に立ち会い、自分の一部もその時に埋葬されたと感じる転職者の心理を綴った「うまねむる」。いずれも今どきのふやけた動物愛護など吹き飛ばしてしまう作品に感じられるのは、人間もまたこの自然界におけるか弱くも儚(はかな)い動物の一種にほかならないとする透徹した眼差しであろう。
 綿密に計画し、計算し、熟考を重ねた上でも自然に裏切られる人間はより過酷な運命ともいえて、「蛹(さなぎ)の家」では幸福に暮らす養蚕一家を襲った突然のカタストロフィが凄惨に印象的なシーンで描かれている。
 しかし自然ばかりか戦争や政治や国際情勢に翻弄されても「翠(みどり)に蔓延(はびこ)る」植物のハッカのように広く地球上に根を張って、「私らは充分よくやった」といい切るまでしぶとく生き延びるのがまた人間であるに違いなかった。
 表題作とその連作に当たる「温(ぬく)む骨」は、そうした人間が最期まで生産に対するこだわりをみせ、「日々滞りなく廻していく代償に疲れを溜めて」いく中で、自分にしか生みだせない何かを作りだすことこそが人間の生きる意味だと高らかに宣言している。
 凄まじいテクノロジーの発達で人間の生産性、人間性そのものが揺らぐ現代に、これは厳しい過去からの温かい声援がもらえる貴重な一冊といえそうだ。

容赦ない眼差しと
冷徹な抒情が光る秀作集

池上冬樹

 今年一月、河﨑秋子は、人と熊と犬の壮絶な戦いを描いた『肉弾』で大藪春彦賞を受賞した。女性作家には珍しい骨太の作風をもつが、本書も変わらない。独特の手触りと読み応えのある短篇集だ。七篇収録されているが、舞台はすべて北海道、明治から現代まで幅広く時代を選び、さまざまな仕事を捉えている。
 たとえば「頸、冷える」は昭和三十五年、ミンクを養殖する男の話で、質の高いミンクを養殖するにはどうすべきかが追求される。隣家の子供たちとの交流はやがて悲劇を迎え、関係者に罪の意識を覚えさせる。その苦い後悔にみちた回想がラスト、静かに胸をうつ。
 または「翠(みどり)に蔓延(はびこ)る」。昭和九年から現代までのハッカ生産者の一代記で、戦前から戦後にかけて北見地方でのハッカの興亡を、一人の女性の人生を通して描く。ものを作る喜びと生きがいと、それらをすべて踏みつぶす時代の変遷を丁寧にたどって、実に鮮やかだ。
 あるいは「南北海鳥異聞」。明治二十年、羽毛取りにあけくれる男の話だ。幼いころから殺生にためらいがなく、僧侶に「地獄絵図」を見せられても改悛せず、島に乗り込んでは棒で鳥たちを殺して羽毛を売る。島での凄惨なサバイバルも活写して、零落するまでの破天荒な人生を幻想的に映し出す。
 表題作の「土に贖う」は昭和二十六年、レンガ工場で働く職人たちの話で、炎天下での過酷極まりない仕事の一部始終が、熱気あふれる筆致で捉えられている。そのほかには「土に贖う」の姉妹篇で陶芸家が己が作品の核を発見する「温(ぬく)む骨」、養蚕家の没落を描く「蛹(さなぎ)の家」、蹄鉄屋だった父とある馬の死をめぐる「うまねむる」など、どれも印象深い。
 それは短篇がみな職業小説として充実していて、職業が生み出す人間ドラマに厚みがあり、物語の奥行きを深くしているからだ。北海道の厳しい風土も魅力的で、風景の一つひとつが人物の心理をよく照らしている。しかも作者の視線に濁りはなく、容赦なく人生を射抜く。冷徹な抒情が忘れがたい作品集である。

松井今朝子

まつい・けさこ●作家

池上冬樹

いけがみ・ふゆき ●文芸評論家

『土に贖う』

河﨑秋子 著

発売中・単行本

本体1,650円+税

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