[本を読む]
生活が技術に左右される様を論じた好著
大阪万博に行った人が、「ふらっと万博に行ったら大した体験ができなくて残念」と投稿をして炎上していた。予約せずに入れるパビリオン、予約できなかった人はどこのゲートに何時何分頃にアタックすればいいか、そうした情報に通じたインフルエンサーは誰か。万博は情報戦だった。だが、各国が文化を携えて互いを知るために集う場を楽しむにあたって、SNSの情報戦に勝たなければならないことがデフォルト化しているのは、何か本末転倒の感がある。
速水健朗さんの『機械ぎらい』が扱うのは、まさにこの論点だ。若い頃は流行が止まって見えるので最新機器を問題なく使えるが、いつしか流行から取り残され、今流行の媒体や、最新の機器にはついていけなくなる。効率化や安全のために導入された新しい機能が、なぜか自分を迷わせ、余計な時間を使わせる。本書は、誰しも経験する「あるある」に、技術や文化の歴史から切り込んだ本だ。
本書全体を象徴するのは、「常々考えているのは家のなかで秘密裡に、テレビ受像機、アイロン、トースターが権力を握り、わたしのほうが合わせなければならない規則を手渡され、しかも、誰もわたしをそこから救出できないという状況なのだ」というフィリップ・K・ディックの発言である。行動や速さ、生活を決めるのは機械であって人間ではない。利便性のために用意された機能や機械が、私たちの生のリズムを決めているのだ。
利便性や安全性を謳われると抵抗しづらい。だが、道具を使っているつもりで、道具が私たちが何かを定義しているのではないか。これは私たちが求めていた世界だろうか。速水さんは、世界で誰もこだわっていない問題を、同時代には理解されない速度で見つけて本にする。だが数年経ってみれば、その着眼点が先駆的であったことがわかる。本書ほどそのことを示した本はないし、本書は技術疎外を論じた射程の広い本にもなっている。最高の速水健朗入門だ。万人に勧めたい。
谷川嘉浩
たにがわ・よしひろ●哲学者





