[本を読む]
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宗教で読み解く現代世界の「なぜ」
「ダビデの星」が浮き彫りになった銅の古い皿が、手元にある。2004年、陸上自衛隊が派遣されたイラク南部サマワに取材のため1カ月滞在した折に小さな古道具屋で見つけたものだ。
なぜ、イラクの地でユダヤ教の象徴ダビデの星なのか? 憎悪の対象ではないのか? そんな疑問に、中年の店主は苦笑しつつ答えてくれた。「親父のころまでは、ユダヤ人もこの町で普通に暮らしていたんだ。金工細工の職人なんかしてな」
今では想像し難いが、イラクやパレスチナなどでイスラム教徒とユダヤ教徒が隣人として暮らすことが当たり前だった日々が、そう遠くない昔にあったのだ。
そうした生活を大きく変え、隣人との間に国境線を引いたのが、近代の国民国家でありナショナリズムだ。強力な統合の原理であると同時に排他の原理でもあるそれらが宗教と結びつくと、どのような
今も世界各地で拡大し続ける歪みの諸相を、6人の宗教指導者を軸に描いたのが、この本である。
ロシアのウクライナ侵略を礼賛するロシア正教のキリル総主教(第二章)やイスラエルと激しく対立するイランのハメネイ師(第三章)など、どの章にも現代を読み解く手掛かりとなりうる史実が提示されているが、とりわけ興味深く読んだのは、米国キリスト教福音派の伝道師フランクリン・グラハムを論じた第五章だ。
なぜトランプ大統領はウクライナからロシア寄りへと軸足を移したのか。本書はその背景として、同性婚容認を「悪魔の考え方」と断じるキリル総主教らと「神は男性と女性しかつくらず」としてLGBTQを否定するグラハムらの親和性に注目している。
いま世界の人々が、繰り返し問うているのは「どうしてトランプのような人物が大統領になるのか?」という疑問だろうが、宗教という側面から考える一つの糸口を、この本は示してしてくれるだろう。
星 浩
ほし・こう●中日新聞・東京新聞編集委員