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対談/本文を読む

吉田悠軌×大槻ケンヂ
変わりゆく学校、変わりゆく怪談
吉田悠軌 編著『よみがえる「学校の怪談」』刊行

[対談]

変わりゆく学校、変わりゆく怪談

令和のホラーブームが到来! その中心で活躍するオカルト研究家の吉田悠軌さんの編著書『よみがえる「学校の怪談」』が刊行されました。『ネット怪談の民俗学』が話題の民俗学者・廣田龍平さんや、漫画『地獄先生ぬ~べ~』の作者・真倉翔さん&岡野剛さんなど、学校の怪談に深く携わってきた研究者やクリエイターと吉田さんの対話を軸に、学校の怪談の正体に迫った夏にぴったりの一冊です。刊行を記念してオカルトを愛するミュージシャン・大槻ケンヂさんとの怪しく楽しい対談が実現しました。

構成=朝宮運河/撮影=山口真由子

口裂け女の噂に震えた小学生時代

大槻 対談のしょっぱなから申し訳ないんですが、僕らの世代は学校の怪談にそこまで馴染みがないんです。ブームになった頃にはもう成人していましたから。

吉田 大槻さんの小学生時代というと一九七〇年代ですよね。

大槻 そうそう。だからオカルトブーム直撃世代ではあるんです。UFOとかユリ・ゲラーとか。でもトイレの花子さんと言われてもピンとこない。学校の怪談が流行はやったのは九〇年代ですか。

吉田 そうですね。児童書の『学校の怪談』シリーズが大ヒットしてマンガ、アニメ、映画と他のメディアに波及したのが九〇年代。私もその頃には小学校を卒業していました。

大槻 だからこちらの本の冒頭で、子供たちにリアルに語られている怪談と、松谷みよ子さんなどの(民話)研究者が確立した枠組としての学校の怪談があると書かれていて、そうなのかあと素直に感心しました。有名なテケテケなんかも、僕の中では比較的最近の妖怪というイメージなんです。少なくとも僕の小学校にはいなかった。

吉田 テケテケも有名になったのは九〇年代ですね。ただ沖縄と北海道では八〇年代から囁かれていたようです。

大槻 ツアー先でこの本を読んでいたので、会った人たちにテケテケについて話しましたよ。あれは沖縄にルーツがあって、〝Take It!〟がテケテケになったんだよと。

吉田 大槻さんは東京の中野区出身ですよね。通っていた小学校に怪談はなかったですか。

大槻 うーん、思い返してみてもなかったかなあ。コックリさんとか心霊写真集が大流行して、そっちの記憶が強いですね。中岡俊哉さんの『恐怖の心霊写真集』を同級生が持ってきて、悲鳴をあげながらみんなで回覧するという。コックリさんはガチでヤバいという噂で、男子も女子も恐れていたと思います。ただコックリさんはまずいけど、キューピッドさまなら大丈夫だという子もいて。

吉田 そういう抜け道があるんですよ。エンジェルさまとかキューピッドさまなら安全だという。

大槻 学校の怪談に近いものとして一番記憶に残っているのは口裂け女ですね。あれは都市伝説系になるのかな。

吉田 そうですね。口裂け女は直撃世代ですか。

大槻 もろ直撃世代です。あの体に電流が走ったような衝撃は忘れられませんよ。小学二、三年の時だったかなあ、学校から帰ると母親が真剣な顔で「ケンちゃん、口裂け女っていうのが出るのよ」と話をしてきたんです。「何だ、それは!」と聞き返すと、口が耳まで裂けている女性が子供を襲うんだという。それが今、近所の沼袋ぬまぶくろまで来てると(笑)。僕は野方のがたというところに住んでいたから、もう近くなんです。強烈な恐怖を感じました。翌日学校に行ったらもうみんな知ってて、これはヤバいぞという雰囲気。口裂け女ブームは何年頃ですか。

吉田 マスコミで報じられて火がついたのは七九年です。ただ調べてみると七〇年代半ばから、ぽつぽつと全国で噂は囁かれていたみたいですね。

大槻 あの広がり方はちょっと異様でした。学習塾に行ってもみんな口裂け女の話をしているし。当時はまだネットがないわけだから、ほぼ口コミだったと思うんですけど、瞬く間に広がりました。学校の怪談もそんな風にして口コミで広まっていったのかしら。

吉田 そこがよく分からないんです。代表的な学校の怪談であるトイレの花子さんも、いつ頃から語られ始めて、どのように伝播していったのかが分からない。全国的に有名になったのは学校の怪談ブームの九〇年代なんですけど、もっと古くからあるはずです。調べると戦後すぐには語られていたらしいし、おそらく戦前にもあった。ただ活字の資料に現れてくるのが遅いので、さかのぼることができないんです。

大槻 怪談のリサーチといっても、基本的には新聞や雑誌に載ったものを確かめるしかないんですね。

吉田 現地に行って取材もしますけど、基本的には新聞雑誌ですよね。ただ活字メディアがその手の話題を取り上げるようになったのは、口裂け女がブームになった後の八〇年代以降なんです。それ以降、都市伝説や学校の怪談のような話題がちらほらメディアに現れるようになる。

ラジオの深夜放送に手がかりがあるはず

大槻 ちょっと学校の怪談からずれちゃうんですが、稲川淳二さんの怪談で、お墓に埋葬した死体が帰ってくる話がありますよね。

吉田 はいはい。「北海道の花嫁」として知られる話ですね。稲川さんの初期のレパートリーです。

大槻 あれとほとんど同じ話を僕、小学生の頃に読んだことがあったんです。海外の怪奇小説集で。だから稲川さんの怪談を聞いた時に、元ネタが分かっちゃったの。

吉田 お読みになったのは多分、S・H・アダムズの「テーブルを前にした死骸」だと思います。確かに似ているんですよね。ただ「北海道の花嫁」はバックパッカーの間で語られていた怪談らしくて、テレビ局の衣装スタッフが自分のおじさんからその話を聞き、それを稲川さんに伝えたという経緯なんです。

大槻 じゃあ北海道を旅していたバックパッカーの誰かが、怪奇小説をパクったのかしら。

吉田 それは分からないです。そもそもアダムズの小説もフォークロアを下敷きにしているみたいですし。トイレの花子さんと一緒で、最初のルーツまでたどり着くのは難しい。

大槻 面白いなあ。オカルトっぽい立場を取るなら、人間の心は集合的無意識みたいなものでお互いに繫がっていて、そこから同じような怪談がまったく繫がりのない場所で生まれてくるのかもしれない。それが学校で生まれると、学校の怪談と呼ばれるようになるとかね。

吉田 稲川淳二さんには「赤い半纏はんてん」という有名な怪談がありますよね。トイレから「赤い半纏着せましょか」という声が聞こえてきて、調べに入った女性警官が「着せとくれ」と返事をしたら首を切られて、赤い血が半纏のように流れたと。今や都市伝説化していますが、あれは戦時中に女学校で語られていた学校の怪談なんです。その話をリスナーの女性が投稿して、稲川さんがラジオで話したことで全国区になった。

大槻 面白いのは花子さんにしても、赤い半纏にしても数十年のタイムラグがあるでしょう。最初に語られてから流行るまでの間に。そのミッシングタイムはどうして生まれるんでしょうね。

吉田 コックリさんもそうなんですよ。コックリさんは明治時代から花柳界の遊びとして知られていたものなんです。それが七〇年代になって小中学生の間で爆発的に流行る。もちろんメディアで取り上げた中岡俊哉という存在があったにせよ、なぜその時期ブームになったのかという疑問はありますよね。

大槻 当時もオカルトインフルエンサーみたいな人がいたのかもしれない。怪談を語るカリスマ塾講師とかね(笑)。あと僕らの世代に影響力があったのは、ラジオパーソナリティです。当時の若者はみんな深夜放送を聞いていたから、「セイ!ヤング」とか「オールナイトニッポン」とか「パック・イン・ミュージック」で語られた怪談ネタが、全国の学校に広まったという流れはあると思います。

吉田 まさにおっしゃるとおりで、ラジオには学校の怪談を解き明かすための鍵が絶対あるはずです。でも新聞や雑誌と違って、アーカイブがほとんど残らないんですよね。もしかするとラジオ局に録音が残っているかもしれませんが、一般人には調べられませんし。この本では深夜放送まで調べが及ばなかったので、大きなピースが欠けているのではという思いもある。今後の課題ですね。

学校が怪談を語る場ではなくなってきた

大槻 昔と今とでは学校そのもののイメージも大きく変わってきていますよね。学校の怪談を語ったり聞いたりすることで、実はその人が思い描いている学校のイメージが浮き彫りになることもあるんじゃないか、とこの本を読んでいて思いました。

吉田 学校の怪談というとみんな「怪談」に目を向けがちですが、「学校の」という要素も同じくらい重要です。以前は日本人の多くが「学校とはこういう空間だ」という共通認識を持っていたはずですが、今はそれが結構ばらばらになっている。小学校でも私立と公立では造りや設備が違うし、同じ公立でも地域差がある。学校とは何だという大きな問いに向き合うことになるのが、厄介でもあり楽しいところでもありました。

大槻 フリースクールや定時制の学校にも怪談はあるのかとか。あるいは学校に行かない、行けない子たちにとって学校の怪談はどんな存在なのかとか。色々知りたくなりました。

吉田 我々みたいな大人たちが、ノスタルジー込みで勝手に学校の怪談を作り上げている側面もあるかもしれない。その危うさには自覚的でありたいと思っています。

大槻 令和の学校の怪談はどうなっているんですか。

吉田 子供たちを取り巻く環境やガジェットの進化によって、もちろん変わっている部分はあります。たとえばパソコンのモニターに子供を引きずり込むAIババアがいるとか(笑)。ただそもそもの話として、学校が怪談を語る場ではなくなってきたという印象を受けます。

大槻 不謹慎だと𠮟られるんじゃないですか。昔は授業を潰して怪談をしてくれる先生が結構いたじゃないですか。僕の小学校の三、四年の担任はちょっと変わった人で、教室でギターを弾いて野坂昭如の「黒の舟唄」を歌ってくれたりね。

吉田 教室で小学生に聞かせるような歌じゃないですよね(笑)。

大槻 「男と女のあいだには~」って。その先生がよく怪談をしてくれたんです。今でも覚えていますけど、奇病にかかって全身が膿だらけになった男の話。それをわざわざ授業でするんです。後になって気づいたけど、日野日出志先生のマンガ『蔵六の奇病』の内容そのまんまだった(笑)。今だとああいう授業風景も許されないでしょうね。

吉田 問題になりますよ(笑)。今の子たちも怖い話をしていないことはないと思う。でもネットで仕入れた怪談が多いのかなという印象ですね。

大槻 そこは大きな変化ですよね。割とオカルトやホラーが好きだったんだけど、ネット時代に移行してからは全然追えなくなってしまって。「きさらぎ駅」などのネット怪談もよく知らないし、悲しいオカルト情弱になっているんです。

吉田 同じ場を共有して、体験を分かち合うというのがオカルトや怪談の楽しさではあるんですが、今はそれがネット空間とか、有料のイベントに移行している。個人がそれぞれ好きな情報にアクセスするという時代ですから、かつての口裂け女やコックリさんのような社会的ブームは起こりにくいですよね。

大槻 これは全然怪談じゃないんですが、最近の若い子たちはみんなネットで音楽を聴くっていうでしょう。TikTokとかYouTubeにあがってきた曲をランダムに再生するから、古い曲も新しい曲も区別がない。良いことではあるのかもしれないけど、「筋肉少女帯とRCサクセションはどっちが古いんですか」って言われたことがあって仰天しました。RC大先輩は六〇年代から活動してるよ! と思ったけど、筋少も八〇年代からやってるし、若い子には大差ないのかもしれない。

吉田 ある意味怖い話ですね(笑)。

大槻 最近の怪談ブームで吉田さんも引っ張りだこですが、これだけ怪談が出尽くしてもまだ新しいものは出てきますか。

吉田 画期的に新しい怪談が出てくることはそうそうないと思います。ただ「実話怪談」という概念が広まったことで、怪談を楽しむ人が増えたように、怪談を語る枠組や前提の部分は新しくなる可能性を秘めている。中身ではなくガワの部分が進化していくんじゃないでしょうか。

大槻 元からあるもののアレンジで、次の世代に受け継がれていくんですね。では学校の怪談はどうなっていくんでしょうか。

吉田 話の内容だけでなく、そもそも何を学校の怪談とするのかという前提も含めて、九〇年代に流行った学校の怪談とは違うものになっていくでしょうね。果たしてそれを学校の怪談と呼べるのか、という問題もありますし、興味は尽きませんね。

吉田悠軌

よしだ・ゆうき●怪談・オカルト研究家、怪談サークル「とうもろこしの会」会長。
1980年東京都生まれ。実話怪談の取材および収集調査をライフワークとし、執筆活動やメディア出演を行う。著書に『一生忘れない怖い話の語り方 すぐ話せる「実話怪談」入門』『現代怪談考』『中央線怪談』『ジャパン・ホラーの現在地』(編著)『怪事件奇聞録』『日めくり怪談』『教養としての名作怪談 日本書紀から小泉八雲まで』等多数。

大槻ケンヂ

おおつき・けんぢ●ロックミュージシャン、作家。
1966年東京都生まれ。82年にロックバンド「筋肉少女帯」を結成。脱退後、2000年より「特撮」のボーカリストとして活動を開始。06年、筋肉少女帯の活動を再開。またエッセイスト、小説家としても活躍。著書に『くるぐる使い』(表題作、収録作で星雲賞を2年連続受賞)『グミ・チョコレート・パイン』『今のことしか書かないで』『そして奇妙な読書だけが残った』等多数。

『よみがえる「学校の怪談」』

吉田悠軌 編著

発売中・単行本

定価1,540円(税込)

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