[本を読む]
畏怖とロマンに満ちた海洋怪談集
ホラー小説の金字塔『リング』の著者・鈴木光司は、自ら操るヨットで世界の海を旅してきた冒険家肌の作家である。本書は著者の三十年にわたる航海経験を中心に、友人や知人から聞いた海の怖い話、不思議な話を明かした海洋奇談ノンフィクションだ。このジャンルには庄司
読んでいてまず圧倒されるのは、海の過酷さである。ベテラン船乗りが一瞬の油断で大海原に吞みこまれたという話にはじまり、天気の急変によって船長とクルーが帰らぬ人となったハワイでの事件、ロープの端の結び目が命を救ったという危機一髪の体験談など、心臓が縮み上がるような逸話が並ぶ。海で生きる者たちにとって、死はすぐ隣にあるリアルなのだ。
そんな極限状況のせいだろうか、海には怪談めいた話も数多い。ペリリュー島に今も渦巻く戦死者たちの無念、火葬しても燃えなかった荒くれ者の足首。著者自身も海に梅干しの種を捨ててはいけないというタブーを破ったために
「最恐」の語を冠した本書だが、読了後胸に広がるのは恐怖よりむしろ、私たちを取り巻く世界への畏怖やロマンではないだろうか。生と死を分ける一線はどこにあるのか、奇跡めいた現象の背後には何があるのか。こうした世界へのまなざしは、初期の『リング』から最新作『ユビキタス』まですべての鈴木作品に共通するものだ。人にとって海はあまりに大きく恐ろしい。だからこそ興味が尽きないのだと、著者は語っている。
朝宮運河
あさみや・うんが●ライター、書評家