ホテル・コルテシア東京で開催されることになった、「日本推理小説新人賞」の選考会。当日、同賞の候補者として、ある死体遺棄事件の重要参考人が会場に現れる!? 「マスカレード」シリーズの最新作となる新刊『マスカレード・ライフ』では、警視庁を辞め、コルテシア東京の保安課長となった新田浩介が、お客様の安全確保を第一に新たな活躍を見せます。今号の特集では、同書の刊行を記念して、タカザワケンジさんによる書評と、登場人物紹介&同シリーズ文庫既刊4作品の内容紹介をお届けいたします。
[書評]
『マスカレード・ライフ』を読む
「マスカレード」シリーズが帰ってきた。
前作『マスカレード・ゲーム』から約三年。首を長くして新作を待っていた読者は多いはずだ。というのも、主人公の新田浩介に大きな変化があったところで、物語が終わっていたからである。
訳あって警視庁を退職した新田浩介が、「マスカレード」シリーズの舞台となってきた一流ホテル・コルテシア東京で働かないかと誘われる─そこで『マスカレード・ゲーム』は幕を閉じた。さて、新田はその誘いを受けたのだろうか。
読者のはやる気持ちをよそに、『マスカレード・ライフ』のプロローグでは新田の高校時代のエピソードが描かれる。そこに登場する父親の言葉が印象に残る。
「おまえが友だちの名誉を守ろうとするのはいい。だけど何が大事かは人それぞれだ。そのことだけは忘れるな」
この言葉が作品全体に流れる基調音となり、読者の心に繰り返し響くことになる。
ここで、「マスカレード」シリーズについて簡単に振り返っておこう。
第一作『マスカレード・ホテル』は、シリーズの原点となった長編ミステリ。都内のホテルで起きていた連続殺人事件の犯人を捕まえるため、次の犯行が予想されるコルテシア東京に警視庁捜査一課の刑事が潜入することになる。若手刑事の新田に教育係としてついたのがフロントクラークの山岸尚美。捜査優先の新田と、お客様第一の尚美はたびたび対立する。しかしやがて二人の間に信頼関係が芽生え、事件を解決へと導く。
第二作『マスカレード・イブ』は、新田と尚美が出会う前の前日譚四編を収録した作品集。とくに表題作は二人のニアミスもある「エピソード0」だ。そのほかの三編も新田と尚美を知る手がかりになる作品である。
第三作『マスカレード・ナイト』は、第一作に続く長編第二弾。大晦日の仮面舞踏会に殺人事件の犯人が現れるとの密告を受け、新田と尚美は仮面をかぶった宿泊客たちの中から犯人を探し出そうとする。
第四作『マスカレード・ゲーム』では、無関係と思われた三件の殺人事件の被害者家族が、同じ日にコルテシア東京に宿泊していることが判明する。このホテルで四件目の殺人が起きる可能性があり、新田は尚美の協力を得てまたも潜入捜査に乗り出す。
そして、いよいよこの第五作『マスカレード・ライフ』である。新田はコルテシア東京の保安課長となり、お客様に安全にすごしていただくために働いている。尚美もこれまでと同じくフロントクラークとしてお客様が満足する対応を続けている。
そんな中、警視庁から新たに協力を求める要請が入った。このホテルで開かれる
一方、アメリカ在住の新田の父親が一時帰国し、コルテシア東京に宿泊する。久々の父子対面が実現したが、二人の間には、埋まらぬ溝があるようだ。二人の再会はプロローグとも深く関わってくる。
東野圭吾作品は物語がテンポ良く滑らかに進み、その世界にどっぷりと浸かれることが大きな魅力だ。とくにこのシリーズでは舞台がホテルにほぼ限定されているため、集中力が途切れる間がない。読んでいる間中、登場人物たちとともにホテルを歩き回れるのは読者の特権だ。今回は客室やレストラン、バーのみならず、文学賞の選考会にまで潜入し、赤裸々なやりとりが読めるのも楽しい。
実は出版社がこのシリーズに登場するのはこれが初めてではない。『マスカレード・イブ』収録の一編「覆面作家」は、ホテルに缶詰状態になった覆面作家の正体を巡るミステリ。灸英社の名もちらりと登場する。また、シリーズから離れるが、皮肉なユーモアが光る短編集『黒笑小説』『歪笑小説』にも灸英社が登場し、今回の「日本推理小説新人賞」の選考会に出席している作家のエピソードも描かれている。合わせて読むことをおすすめしたい。
さて、「マスカレード」シリーズの大きなテーマは「仮面」である。これまでの作品で、新田は刑事という素顔の上にホテルマンの仮面をかぶって潜入捜査に挑んでいたが、『マスカレード・ライフ』ではホテルマンが素顔になった。しかし尚美は「刑事だった頃と同様、この人はホテルマンという仮面を被っている」と分析している。
では、新田の素顔とはどんなものだろう。プロローグで高校時代の新田が描かれたことを思い出していただきたい。新田がもっとも大事にしているプリンシプルとは何なのか。新田と父の間にあるわだかまりは解けるのか。捜査の行方のみならず、登場人物たちの心の中にある謎を追うのも、このシリーズの大きな楽しみである。
タカザワケンジ
たかざわ・けんじ●書評家、ライター