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ウォール街の引力が米国の弱点
昨今メディアの寵児となった感さえするエミン・ユルマズ氏の最新刊が本書。多彩な視点から繰り出す著者の言葉が共感を呼び起こしてやまない。
今回その白眉として挙げたいのは、トランプ大統領が掲げる「米国の製造業復活」がいかに心許ないものなのか。その理由についての言説である。高関税政策に恐れをなして海外メーカーが製造拠点を米国に移す動きを見せている。とはいえ、すべての製造業が右へ
エミン氏はその筆頭に高度半導体メーカーを挙げ、米国に半導体製造の拠点を移転させても、結局は宝の持ち腐れとなると悲観的な見解を呈している。
「何よりもこの分野に関して米国内の人材が乏しい。高度半導体の製造プロセスを任せられるプロフェッショナルを自前で育てるのを怠り、その多くを海外勢に頼ってきたからだ」
そうかなと首を傾げる向きもあろう。米国にはMITやハーバード、スタンフォードをはじめとする理工学系の超一流どころが揃っているではないか。だが現実には、彼らの多くはエンジニアの道を目指さない。NYウォール街を目指すのが主流となるからだ。大仰でなく、ここにきて米国最大の泣き所となっている。
もうお分かりであろう。多くの理工学系の俊英がウォール街という金融工学の世界に惹かれるのは、エンジニアとは比べ物にならない稼ぎをもたらすからだ。ここにも米国ならではの
エミン氏は諦観を込めてこう記す。
「金融とは派生でしかない。残念ながら、いまは先に金融ありきで経済が追随する本末転倒となっている。米国は優秀なエンジニアを育ててこなかった莫大なツケを払うことになるだろう」
金融重視の極端な給与の格差が、工業力など米国の実質的な国力をそぐことにつながり、貧富の格差は、米国社会に不満を蓄積し、トランプ大統領を生み出す背景となった。彼の関税政策が世界の地政学にどんな影響をもたらし、世界経済はどうなるのか? 国際社会の動きを考察し、自らの投資のヒントにしたい。
加藤 鉱
かとう・こう●作家、ジャーナリスト