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人間六度
「男子校宇宙人 Homo social aliens」③

[連載]

自称宇宙人の美少女改め、
美少年ハナムリトと再会したトキオ。
八木とともに《ネ帰》の仲間、
修司と環にハナムリトを紹介するが……


イラストレーション●うひじ

三 『女子』と遊ぼう

 五月下旬。
「というわけで、こいつが……」
 いつもの公園の球形ジャングルジムに座らせた《ネ帰》の連中に向けて、僕はハナムリトのお披露目を行った。
「デンヴァー・イル・ハナムリトだよ。出身地はプライマー船団《レ・ド》22ブロック10901。この星には、主要知的生物のオスとメスの関係についての研究のために来ました。とっても良い宇宙人だよ。よろしくね」
 空色の髪を五月の風に遊ばせながらはにかむ美少年にしばし呆然としていたマシューと環(たまき)だったが、ハナムリトの髪が地毛であること以外は、引っ掛かりなく飲み込めたようだった。
「こっちのオッサンみたいなのが志摩修司(しましゅうじ)。マシューって呼んであげて」
「どうも、マシュー四十二歳です。趣味は小島秀夫(こじまひでお)作品で、特技は竹刀(しない)による刺突(しとつ)。以後よろしく」
 マシューは背筋をピンと張り、敬礼をした。
「こっちの中途半端なイケメンが西尾(にしお)環。タマキンって呼んであげて」
「どうもタマキンです。趣味は寒中水泳で特技は――っておい、タマキンはよせ!」
 二人はとっくにいつもの調子だった。
 説明を続けていると、サッカーボールを転がしていた八木(やぎ)くんが肩をこづいて「アレを話せよ」と言ってくる。
「僕が第一発見者なんだけど、実はこいつを助けた時肩を嚙まれてさ」
 僕がため息まじりに応じると、「それで?」と邪悪な笑(え)みで後押ししてくる八木くん。彼にはルックスの可愛さ以外にも、こういうしっかり小悪魔じみたところもある。
「ちょっと舞い上がっちゃったんだよな」
「だいぶだろ?」
「人生の絶頂かと思いました」
 僕が白状すると、環とマシューは顔を見合わせ生暖かい視線を送ってきてくれた。
 今日ばかりは二人の優しさが痛かった。
「何度も言ってるけど、あれはボクの故郷での親愛の挨拶(あいさつ)なんだよ。誤解させちゃってごめんね」
「やめろハナムリト、君にまで憐(あわ)れまれたら僕はもうこの星にいられない!」


 環が八木くんからボールを奪ってハナムリトへとパスを放った。
「ってかさ、ハナムリトって長くないか」
 ハナムリトは足の間を彷徨(さまよ)うボールにしばし混乱を見せたが、やがてつま先で弾き返してみせた。意外と運動音痴ではないようで、すぐに簡単なパスの出し合いくらいはできるようになった。
「ハナでよくない?」
 そういうわけで、ハナムリトはハナになった。
 これで文字通り、男子校の花ということだ。
 環と八木くんのサッカー勝負にマシューが交(ま)ざりにいくと、入れ替わる形でハナが僕の元へやってきて「本当にオスばっかりなんだね……」とひとりごちる。
 まったくもって太々(ふてぶて)しいやつである。
「女性の研究したいなら、その辺にいくらでもいるだろ」
 公園の外を指さすとハナは口をポカンと開け「何言ってるの……? そこらへんの人に突然話しかけて回るわけないよ」と諭(さと)してくる。そうかと思えば「うわああっ、トキオ! あれを見て!」と騒ぎ出すので何かと思えば、ハナの指先にはレトリバーを散歩させている妊婦の姿があった。
「大丈夫かなあのメス。何かに寄生されてるのかな……?」
 僕は頭を抱えて応じた。
「人を指で差すのもこの星ではアウトだぞ。あとオスメスって表現もやめとけ」
 サッカー勝負はいつの間にか環と八木くんの対決に移行していた。ハナはブランコに乗ったり降りたりしながら「地球の遊具の一つ。振り子運動を利用した遊具で、手軽に重力の豊かさを感じられる……」と言いながら、メモ帳のようなものに書き込んでいる。
 ひとまず、僕の今日の役目は済んだようだ。
 ベンチに置いた鞄を取って、母親に今から帰る旨の連絡を入れようとした、その時だった。
「おいトキオ、お前とんでもないヤツを連れてきたな」
 サッカーから抜けてきたらしいマシューが、ハナの方を見ながらそう言った。
 僕は小刻みに頷きながら「やっぱりちょっとノリが合わないよね」と応じた。
 けれど、マシューの表情は真剣だった。
「そうじゃなくて、あいつきっと本物だぞ」
「本物の天然キャラってこと?」
 マシューはかぶりを振ると、僕の体を引き寄せ耳打ちをした。
「気づかなかったか? あいつ、口の動きと出てる音がたまにズレてるぞ。吹き替え版の映画みたいな感じだ」
 そういえばマシューは小島秀夫フリークで、段ボールを見つけるとメタルギアソリッドごっこをせずにいられないようなオタクで、SFとかにも詳しいのだった。
 ブランコのチェーンの継ぎ目を観察しながら「研究対象からは外れるけど、興味深いなあ」と呟くハナの口の動きを見つめていると……確かに、ズレている。
 一度気になってしまうと、違和感はどんどん明瞭になった。
 僕はマシューとともに恐る恐るハナに近づくと、
「なあハナ。そういえばお前コトバってどうしてるんだ」
「ああ、言い忘れてたね。この腕の輪っかは〈袖(そで)〉って言って、いろんな機能が入ってて、その中の翻訳機能を使ってるんだ」
 右腕に巻いた透明なブレスレットに手をかざすと、ハナはそこからホログラムのようなものを表示してみせた。
「おいまじかよ!」
 みるからにSFっぽい光景は、口でするどんな説明より饒舌(じょうぜつ)だった。
 先ほどメモ帳に見えていたものは、〈袖〉から生じたホログラムだったらしい。
 僕よりもずっと目を輝かせていたのはマシューだった。
「キッチ~! 明らかに地球外ガジェット、えっちすぎるって。金属のくせに質感滑らかすぎ。どんな素材でできてんだよこれ。うわっ、帰って分解して~!」
 ハナのそばに跪(ひざまず)くと、〈袖〉をまじまじと見つめながらぶつぶつとそう呟き始める。よくオッサンに間違われるほど老け顔のマシューが美少年の右腕にベタベタと触れている様は、想像するよりずっとインモラルだ。
「ちょっとマシューくん、触りすぎだよ。くすぐったいって。それに持っていくのもダメだからね。僕これがないとこの星で何もできないんだから」
「地球外えっちガジェットめ。ここがいいのか、ここか~!」
「本当にくすぐったいって、ばか!」
 ハナが身を捩(よじ)った拍子に、ペンのようなものが胸ポケットからポロリと落下するのが見えた。見覚えがあった。とっさに手を伸ばしたがマシューが触れる方が早かった。
「マシュー、それ危ない!」
「えっ」
 直後、ギューン! と光の柱が空へと伸び、凄まじい音と衝撃が遅れて僕らの耳に届いた。マシューの手から落ちたペンの赤熱(せきねつ)した先端が足元の雑草に触れ、ジュッと音を立てた。雲には穴が空き、ドーナツのような不自然な形になっていた。
「おい、トキオ」
 首が折れそうなほど空を見つめていたマシューが、震える声で言った。
「こいつ絶対宇宙人だぞ」


 一限、国語の授業中のことだ。膝の上でスマホを開き、匿名メールで内海(うつみ)さんに、ハナを《ネ帰》に紹介し終えた旨を伝えた。本来なら昨日のうちに報告しなければならなかったことだが、昨晩は文面を考えるのが面倒で眠ってしまったのだった。
 連絡は数分後にあった。
 ――悪くない滑り出しだな。
 僕はスマホをスクロールして、一つ前の文章に再び目を通した。
 ――〈ゲスト〉は非常に繊細な共同体意識を持っている。彼の心の安寧は、安全な小集団に属することができるか否かにかかっている。〈コネクター〉、君に任せたぞ。
 何が任せたぞだよ。
《ネ帰》のみんなの頭が死ぬほど柔らかかったからよかったものの、普通だったらハナの存在は到底受け入れられるものじゃない。みんなの寛容さにもっと感謝してほしいもんだよ。
 と、心中でぼやいていると不意に頭上で声が響いた。
「はい、出して」
 顔を上げると、机のそばに立つマエセンが左手をこちらに差し出していた。スマホの使用は休み時間内でのみ認められている。授業中の使用についてのペナルティーは教師によって裁量が異なる。
「僕今、異星間外交問題の解決のために尽力してるんですが」
 一応、ダメもとでそう言ってみる。
 追加で頭を引っ叩かれるかと思ったが、マエセンは僕の耳元に顔を近づけ「そういうことは人前では言わないように」と囁き、僕の手からスマホをもぎ取ってそのまま教卓の上に持っていった。四限終わりまでスマホが返ってくることはなかった。
 昼休みが始まりスマホとともに教室に戻ると、ハナを中心に《ネ帰》のメンバーたちが弁当を開けていた。八木くんの重箱みたいな弁当の蓋を皿にして、ハナが皆からオカズのカンパを受けていた。
「おかえりトキオ! トキオは僕に何を恵んでくれるのかな?」
 期待の瞳でそう訊(たず)ねてくるハナを適当にあしらって席につき、輪に加わった。ハナはクラスメイトたちからもだいぶ巻き上げたらしく、弁当箱の蓋がオードブルのプレートみたいになっていた。
 しばらく与太話で会話を繫いでいると、そわそわした様子のマシューが訊ねた。
「そういえばハナは、なぜ人間のオスとメスの研究をしようと思ったんだ? 滅多な動機がなければ、他の惑星に調査に行くという発想には至らないと思うんだが」
 ハナは大ぶりの唐揚げに箸を突き刺して頰張り、半分に割られたおにぎりを口に運ぶと、咀嚼(そしゃく)しきる前にこう言った。
「ボクの船団は、男しかいないんだよね」
「なに?」
 マシューのギョッとした顔に、今度はシューマイを口に運んでいたハナが続けた。
「文字通りの意味だよ。男性という性別しか存在しないんだ」
「じゃあ、お前の種族は単為(たんい)生殖ってことか?」
「ちょっと違うかな。機械の力を借りてるんだ。この星の技術表現を借りると、人工子宮ってことになるのかな」
 まじかよ……と、無精髭をさすりながら眉をひそめるマシューだったが、そこでハッとした表情を作った。
「でもハナ、お前は男性と女性って言葉を使い分けてるよな。ということは、お前の世界には元々女性が存在した(・・・・・・・・・)ってことだろ? なぜ男だけの船団になったんだ」
 僕たちもハッとさせられるような、それは確信をついた問いだった。
 だがハナは狼狽(ろうばい)でそれに応じた。
「ああ、えっと……その辺は僕もよく知らないんだ。ただ生物学的な女性っていうものは僕の船団にはいなくて……だから調査が必要でさ。単身で調査に行くことが、一人前として認められるために必要なんだよね」
「なるほど。儀式(イニシエーション)というやつだな」
 マシューが難しい言葉を使うのは、今日に始まったことではない。環もピンときているようで「部族が高い所から飛び降りたりするアレだよな?」とか食いついている。
「待てよ? なら、宇宙船が近くまで来てるってことか⁉」
 マシューは興奮で頰を赤くしていた。
「近くって言っても、多分十二光年くらい離れてるけどね」
「おいおいタウ・セチと同じ距離じゃねーか! リアル『プロジェクト・ヘイル・メアリー』じゃねえかよ、キッチ~!」
「プロ……何?」
 僕の問いに、ふんふんと鼻息を荒くするマシュー。
「非常におもろいSF小説。いや、何が面白いかっていう話をし出すと、必然的に内容にも触れざるを得ないから、難しいのだが――」
 ドン。
 一瞬クラス全員が箸を止め、突如として立ち上がった環を見つめた。
 環が高らかに言った。
「よし、『女子』と遊ぼう」
 それはまさに青天の霹靂(へきれき)だった。僕らは顔を見合わせ環を睨んだ。
 SF小説のオタク語りを中断したマシューは、驚愕の表情を作っていた。
「タマキン、お前正気で言ってるのか……?」
「タマキンはよせ」
 環はいつものセリフを挟んだのちに、キメ顔を作った。
「もちろんだ。俺が噓をついたことがあったか?」
 いくらでもあった気がするが、少なくともオモロくない噓をあえてつくほどセンスのないやつではない。それにしても、キメ顔を作った割に素がイケメンなせいで、あまりオモロくならないのが勿体無い。
「でもさ、ツテはあんの?」
 八木くんから冷静かつ慎重な質問が飛んだ。
 そうだ、何より大事なのはそこだ。
 だが環はこれまた輝きに満ちた笑みを作ると「ある」と言い切ってみせる。
 一瞬にして、場の空気が変わった。
 それでもまだ半信半疑の八木くんのために環はこう付け加えた。
「何を隠そう、俺はトキワアカデミーに通っていたからな」
 トキワアカデミーとは、ここらでは有名な中学受験塾だった。二月になると合格者の名前を窓中にズラッと貼り出す様は今思えば異様の一言だが、僕も似たような塾に通っていたので滅多なことは言えない。
 トキワから東海(とうかい)に入った連中は結構いる。
 2‌Cだと確か、石川(いしかわ)もその一人だ。
「そこの同窓生でキンジョーとかナンジョに通ってる連中がいるからな、手配しとくよ」
「ねえキンジョーとかナンジョって?」
 そう言って首を傾げるハナ。確かに新参者には説明が必要だろう。
 金城学院(キンジョー)と南山中学女子部(ナンジョ)はどちらもミッション系の私立女子校で、宗教教育を念頭におく私立男子校の東海中学・高等学校とは、よく並立で語られるのだ。
 東海生が異性と付き合うとしたら――それがいかに低い確率だとしても――キンジョー生かナンジョ生になるであろう、という話は先輩たちの口からもよく聞かれる。
「すべて俺に任せろ」
 そう言って胸をドンと叩く環はまさしくリーダーに相応(ふさわ)しい品格と輝きに満ちていた。
「タマキン、お前神か」
「タマキンは神だった」
「流石にエッチすぎるぜタマキン」
 三人から漏れ出す喝采に鼻高々の西尾環が、ハナの背中に腕を回す。
 地球人の男子校生四人が濁った笑みを浮かべる中、ただ一人ハナの瞳だけが純粋無垢に輝いていた。


 千種(ちくさ)駅の改札を出たところで真っ先に目に入ったのがハナだった。空色の髪の毛を肩まで伸ばした人間はおそらくこの街に彼一人だろう。八木くんも比較的すぐに合流できたが、大人たちに紛れたマシューを探すのには難儀した。何しろ老け顔だから。
「環が遅刻だって。あと、ハルカさんも」
 スマホへと視線を落としながらマシューがそう言うと、八木くんは渋い顔を作る。
「あそこ二人、本当はデキてるってオチじゃないよな……?」
 環からはたまに、ハルカさん――土屋遥香(つちやはるか)の話を聞かされてきた。塾生時代からの友人で、当時から秀才のツートップ、遅い時間まで居残りしては薄明かりの自販機の前でカロリーメイトを分け合った仲だという。
「ねえトキオ。デキてるって、どういう意味?」
「ああ、ええと……付き合ってる、みたいな。いや、付き合ってなくても成立する言葉だっけ? それ以前に、付き合うっていう概念がお前の故郷にあるのか……?」
 毎度この手の質問を受けるたび、それは東海生に訊ねるべきことじゃないんだよな、と思う。
 僕が頭を捻(ひね)っていると、目の前にマシューの腕がシャッターのように降りた。
「待て」
 僕たちの体を柱の陰へと誘導しつつ、マシューが視線でしめした先には―三人組の女子の姿があった。
 事前に環が共有してくれていた体育祭での写真の三人と人相が一致する。あの中のどれかがエリナで、どれかがユリノで、どれかがサヤだ。
「うわっ。まじで『女子』がいるじゃん。やば」
「実在したんだな。小生(しょうせい)も、空想の生き物かと思っていた」
 八木くんとマシューが口々にそう漏らす。
 それからすぐ、僕らは不気味な沈黙に包まれた。言葉を交わさずともわかった。誰もファーストペンギンになりたくなかったのだ。
 そもそも初対面の『女子』と喋るには、どんなノリが適切なのか。あらゆることをネットで調べられる時代にあって、たとえば息の吸い方のように、あまりにも初歩的なことは調べようがない。
 ハナはそんな、手に汗握る緊張感の中にいた僕らを置きざりにし、三人組に向けて挙手して告げたのだった。
「初めまして。ボク、デンヴァー・イル・ハナムリトです! 地球に調査に来た良い宇宙人です、よろしくね!」
 ギョッとする三人組を横目に、八木くんがうめいた。
「なぜあいつを縛っておかなかった!」
 それは皆の責任だった。
 ハナが出ていったので、僕らも柱の陰に隠れているわけにはいかなくなってしまった。
 結成一年目の漫才コンビみたいに恐る恐る出ていき、なんてことないみたいに挨拶をした。最初は厄介者を連れてきてしまったという思いが優勢だったが、すぐにハナの存在のありがたみが身に染みるようになった。
「キャハハハハ! 何この子カワイイ!」
「女の子みた~い!」
 ハナの可愛さは、どうやら男子校の外でも通用するレベルだったらしい。生来のアイドルであるハナの存在を嚙ませることで、僕たちの緊張はゆっくりと氷解した。
「おお! もう集まってたのか。すまんな遅れて」
 大きな声に振り返ると、襟つきのシャツにジーンズという小ざっぱりした格好の男が、隣におしゃれな女性を連れて手を振っていた。
「ごめんねみんな~! 服選んでたらめっちゃ時間かかっちゃった。でも乗り遅れたのはマナカのチャージ忘れてた誰かさんのせい」
 おしゃれな女性――ハルカさんが環を睨む。
 彼女の言いようだと、途中から一緒に来たということだろうか。
 そういえば二人はともに藤(ふじ)が丘(おか)方面だったか。ちなみにハルカさんの服装はとにかくおしゃれだが、僕にはそれがどんな服かの説明ができない。何かこう、ヒラヒラでフワフワでシャラシャラだった。
「面目ない……」
 しおらしく謝る環を尻目に、ハルカさんが早速ハナに食いつく。
「うわっ、それよりこの子だれ? どこの女子校の子?」
「僕はオスだよ」
 ハナの豪速球の切り返しに、ハルカさんは「オス……」と一瞬首を傾げてから、それがようやく『雄』のことだと理解したようで「げっ、ウソ。女装案件じゃん。学園祭で絶対メイド服着せた方がいいよ」と目を輝かせる。
 こうして九人という大所帯でなんとなく歩き出したわけだが、早速女子は女子でまとまり、僕らはその背中を追う形となった。歩く速度が圧倒的に上なぶん、男子組は皆、歩幅の調整という未知の苦労を強(し)いられた。


 名古屋駅で集まった中学生が訪れる場所といえばミッドランドスクエアか、カラオケJOYJOYなのであって、名古屋港水族館やレゴランドに行くことは滅多にない。では千種に集まった僕たちはどこへ向かうのかとというと、それは当然ラウンドワン千種店なのであった。
 まず近くのモスバーガーで腹を満たし、それからボウリング場に向かった僕らは、二レーンに分かれることになった。ここでも男女別に分かれるかと思いきや、僕・ハナ・環がハルカさん・サヤさんと同レーンになった。
 二人は南山(なんざん)女子で、今年も同じクラスなのだとか。
 フリフリでフワフワのハルカさんより、サヤさんの方が落ち着いた格好をしていて、なんとなく話しやすい。その上、イラストを描く趣味があると言う。僕がデジタルでサヤさんがアナログという違いこそあれ、十分話の糸口にはなってくれた。
 レーンでは環がハナの指導中だった。
「つまりボウリングっていうのは、重たいものを投げて軽いものを吹き飛ばすゲームってことだね。なんだかヤバンなスポーツだね、何が楽しいのか全然わからないな」
 当初はそう言っていたものの、二、三度投げただけですぐにハマり、地球の野蛮なゲームの虜(とりこ)となったハナは、見た目通りの非力のため桃色の9ポンドボールを持ち上げるのがやっとだった。ガーターを飛び越して隣のレーンに侵入してしまうこともしばしばだったので、環の投球指導の重要性は高かった。
 そこに、腰の後ろで手を交差したハルカさんが歩いていき、
「ねえ、ハナちゃんって呼んでいい?」
 と、小首を傾げて訊ねた。
 ハナが頷くと、ハルカさんは矢継ぎ早に次の問いを投げた。
「ハナちゃんって外国人なの?」
「うーん、まあそういうことになるね」
 ボカすところはボカす。
 地球へ来て二週間あまり、挨拶の時に宇宙人であると暴露してしまう致命的な問題を除けば、ハナの対現地人コミュニケーション能力は甚(はなは)だ上達していた。
「へ~! 出身地はどんな所なの⁉」
「息苦しい所だよ。ここよりずっと狭くて、自然も少ないし。でも、テクノロジーだけは発展してるかな」
「日本より狭くて自然が少ないところかあ。どこだろう。バチカン市国とかかな」
 いやそれ、狭いの方だけでいっただろ絶対!
 この場が男子だけだったならそうツッコんでいたところだが、『女子』相手にかます胆力は僕にはない。そんな僕が二投して七点という微妙な点を叩き出して戻ってくると、ハルカさんがベンチの端に座ってスマホをいじっていた。
「今日はありがとうございます。人、集めてくれて」
「別に~。暇だったからさ」
 ハルカさんはスマホから視線を上げずにそう呟く。
 僕が言葉を継ぐよりも早く、陽気なアナウンスが降った。レーンを取り囲むモニターが紫に染まり、「ChanceTime」という文字がデカデカと表示されたのだ。
 ちょうど投手(なげて)だった環が、14ポンドのボールを担いで意気揚々と歩いていく。こういうチャンスを引き当てる力も含めて、環は環だった。
 視線を戻すと、ハルカさんはまっすぐな瞳で環を見ていた。
 八木くんのセリフが脳裏に再生され、僕は思わず訊ねていた。
「そういえば環とは、どんな感じなんすか」
 ようやく僕へと視線を向けたハルカさんは、不思議そうな顔を作った。
「どんなって? 普通に友達だけど」
 苦笑いを返すことしかできなかった僕は、本当に情けないやつだと思う。
 環が一投目を放った。
 スカーン!
 ストライクだった。
「そういえばハナちゃんって、なんで名古屋(ここ)に来たの? 日本に来るなら東京とか、大阪とか、もっと面白い場所、たくさんあったでしょ」
 環の勇姿を見つめているのかと思いきや、ハルカさんの興味は再びハナへと移っていた。
「どうしてわざわざこんな中途半端な街に?」
 猫みたいな動作で体をちょっとだけ寄せ、そう付け加える。質問だって立派なコミュニケーションだ。僕には訊ねられたこと全部に答える用意があったのに。
 別に、羨ましいとも思わない。もとよりハナは宇宙人で、人間の男女の観察のためにこの星に来た。僕らとははなから状況が違う。
 でもハナの返事は想像より、ずっとハッキリとしたものだった。
「何もないだなんて。ハルカさん、故郷をそんなふうに言っちゃダメだよ。君たちにはまだ、踏める大地があるんだからさ」
 スカーンッ!
 環が再び爽快な音を響かせる。
 環のレーンのモニターに「Congratulations!」の文字が走り、どこからともなくファンファーレが鳴った。隣のレーンではユリノさんがスペアを出して悔しがっていた。
「うおお、流石だぜタマキン! キッチ~!」
 喝采を送るマシューの腹を軽くこづいた環は、拳を天へと突き上げてベンチに凱旋した。そんな環の姿を目で追いながらハルカさんはニコニコしながら拍手しつつ、「ふーん。つまんないの」と囁いた。


「次どこ行く?」
 ボウリングを3ゲームと、クレーンゲームを少しだけやってから、エレベーターの前で環が自然な感じでそう訊ねると、四人は顔を見合わせた。
 そして誰からともなく言った。
「あたし、帰ろっかな」
 実際にそう口に出したのはエリナさんだったけれど、本当に誰からともなく、という感じだった。「あたしもそうする」とユリノさんが続き、サヤさんとハルカさんもそれに乗っかった。僕たちは四人の小さくなる背中を、改札の手前で見送った。
 かくて僕らは三時間あまりの接触を経て、再び男子校状態に戻っていた。
「にわか雨のようだったな」
 手を振りながら、マシューが言った。
「なんでまだカッコつけてんだよ。もう女子はいないのに」
「余韻だ……」
 八木くんのもっともな指摘に、染み入るようにそう告げるマシュー。感覚としては中間試験直後の気分に近かった。つまりふるふるシェイカーのゼリーが恋しいなと思った。きっと脳が糖分を求めているのだ。
 意外にも、五人の中で一番感傷的な雰囲気を出していたのは環だった。
 環はエスカレーターを下っていくハルカさんたちの背中を最後まで見つめていたが、やがて神妙な面持ちを作ると、ポツリとこぼした。
「俺たちは、彼女たちを楽しませることができたんだろうか」
 普段の彼からは想像もつかないその尋常ならざる哀愁に、僕は横から訊ねていた。
「タマキンさ、もしかしてなんか裏ある?」
 環は僕へ、萎縮した視線を送ると、ゆっくりと語り始めた。「一週間前、真夜中にハルカさんから一本電話がかかってきてさ……」に端を発するエピソードトークが五分弱続き、聞き終えた時には僕たちは、口を揃えて叫んでいた。
「ハルカさんが彼氏と別れた……⁉」
 環が口をへの字に曲げて、こくりと頷く。
 そして、その相談に明け方まで乗っていたのだという。
「さすがは、女子校だ」
 マシューは遠い目をして呟いた。
 巷(ちまた)ではよく男子校と女子校は対照的に語られることが多いが、男子校生の誇りにかけてそれには断固とした否定の立場を示したい。
「だから、すまん……! 俺たち暇つぶしに遊ばれただけだったんだよ!」
 環が腰を直角に折った。そんなのわかりきったことなのだから口に出すなよとその場の誰もが思ったが、僕たちはそれぞれ環の背中に手を回し、肩を叩き、彼の心を労(ねぎら)ったのだった。
「改めてだけど、次どこ行く?」
 試すような目を向ける八木くんに、僕らの答えは一致していた。
「JOYJOYで!」


 帰宅後すぐに八木くんからメールがあった。
 ――エリナさんの連絡先ゲットできたわ。ピース。
 曰く、音ゲーの話題で盛り上がり、流れで交換できたのだそうだ。八木くんはああみえてちゃっかりしているので、特段驚かない。
 かくいう僕もサヤさんと連絡先だけは交換したのだけれど、
「昨日はありがとうございました。よければ今後も仲良くしてやってください」
 という僕としては精一杯のLINEに既読がつくことは、ついになかった。


(つづく)

人間六度

にんげん・ろくど●作家。1995年愛知県生まれ、東海中学校・高等学校卒。
2021年『スター・シェイカー』で第9回ハヤカワSFコンテスト《大賞》、同年『きみは雪を見ることができない』で第28回電撃小説大賞《メディアワークス文庫賞》、26年『烙印の名はヒト』で第57回星雲賞《日本長編部門》を受賞。著書に『BAMBOO GIRL』『永遠のあなたと、死ぬ私の10の掟』『トンデモワンダーズ(上・下)』『オーバーライド』『推しはまだ生きているか』等多数。


あらすじ:東海中学校2年C組に所属する大脇時央はある夜、家出の最中に立ち寄った神社の老樹の枝に宙吊りになった「女の子」と出会う。トキオに助けを求めどうにか地上へ降りたった自称“宇宙人”の美少女は、唐突に彼の肩に嚙みついた。呆然としながらも去り行く彼女にトキオは再会を願い、快諾を得たが……。

『推しはまだ生きているか』

人間六度 著

単行本・発売中

定価2,200円(税込)

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