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鎌田 實「遅咲きの達人 運をつかむ人はゴミの山から宝物を探す」
[第2回] 69歳でも遅くない

[連載]

[第2回] 69歳でも遅くない

 素朴派の画家アンリ・ルソーは、40歳頃より絵を描き始め49歳まで税関職員として働いていました。子どもたちに音楽を教え生計をたてながら絵筆を持ち、才能を歴史に刻んだのです。
 カーネル・サンダースがケンタッキーフライドチキンを創業したのは65歳。事業の失敗を繰り返しながら、最後まで諦めませんでした。
 ブックオフの社長になった橋本真由美さんは、41歳のときにブックオフ1号店で時給600円のアルバイトスタッフとして働き始め、57歳で社長になりました。専業主婦からアルバイト、アルバイトから女性社長へと昇りつめたのです。
 分野によって遅咲きの基準は異なってきます。アスリートの場合、20代後半でのブレイクは遅咲きと言えるでしょう。

アンパンマンは鳴かず飛ばずだった

 アンパンマンを作ったやなせたかしさんが94歳で亡くなる4年前に、ぼくは彼のスタジオへおじゃまして対談をしました。破天荒で面白く、優しい人でした。
 腎盂(じんう)がんの手術をした後、膀胱(ぼうこう)がんが繰り返され10回の再発。内視鏡手術や放射線治療、BCGの併用療法など、ありとあらゆる治療を行っていましたが、看護師さんから「こんなにしょっちゅう再発するのは、細胞が若々しいからです」なんて言われると、まるで自分が若々しいと褒められたみたいに嬉しくなって、気持ちよく病院へ通ったといいます。
 自分が入院治療中に、小児病棟に命の厳しい子どもがいると聞くと、アンパンマンのぬいぐるみをかぶったスタッフを連れて、パフォーマンスをしに行く。院長がやってきて、病室の壁が古くなって汚くなったとこぼすと、すぐに壁を綺麗にして、ニコニコしながら絵を描いてあげたりしてしまう。
「遅咲きですよね」とぼくが笑いながら聞くと、彼も笑って「才能がないんですよ」。この人、人間が大きいなと思った。
 手塚治虫や石ノ森章太郎は同じ仲間だったけど、若くして世に出ていった。自分は何でも屋で、ラジオの台本を書いたり、イラスト描きをしたり、何でも頼まれるとやっていた。「手のひらを太陽に」の作詞もした。後年とても有名な曲になった。50歳ぐらいのときに初めて世に出した「アンパンマン」は、鳴かず飛ばずで、爆発するのは、テレビアニメ「それいけ!アンパンマン」の放送開始から。彼が69歳のときです。

自分の顔を食べさせるアンパンマンが心をつかむ

「最初は、実際にあんぱんを持って、飢えた子どもたちを助けに行く普通のおじさんを描いていました。でも普通のおじさんでは、未確認飛行物体として撃ち落とされる可能性がある。だったら、あんぱんそのものが空を飛んだ方が面白い。メーテルリンクの『青い鳥』には、パンからパンの精が出てくる場面があります。アンパンマンが空を飛んで人を助けに行ってもおかしくはない」
 彼はそう話してくれました。
「あんぱんを擬人化して、正義の味方アンパンマンとして空を飛ばしたところに、やなせさんの漫画家としての本領がありますね」とぼくが言うと、
「ただ正義を行うということは、本人も傷つきます。禁煙の電車の中で、タバコを吸っている人を注意すると、逆に絡まれるかもしれません。正義を行うには犠牲が伴うのです。私はそういうことも踏まえながらアンパンマンを作りました。アンパンマンが飢えた人に自分の顔を食べさせるシーンを描いたのは、そういうことを訴えたかったからです」
「やなせさんのそういう訴えは、幼児にも通じるんですね」
「私は最初、子どもには受けないと思っていました。しかし、アンパンマンは2歳ぐらいのまだわけのわからない子どもたちに猛烈に受けたのです。本当に不思議です。
 私の手術を担当した医師から、アンパンマンが自分の顔を食べさせた場面は、私の心に強烈に残っていますと言われたときには、運命の不思議を感じました」
 やなせたかしはとにかく優しい。成功してからも「詩とメルヘン」「詩とファンタジー」などに経済援助をして刊行を続け、若い詩人やイラストレーターの活動の場を作り続けました。

ジタバタでも大丈夫

 話をしているうちに、この人は子どもの頃ものすごく苦労したのかなと思い当たり、聞いてみました。
 父親が早く亡くなり、母親は再婚。この辺はNHKの朝ドラ「あんぱん」に近い話が描かれています。
 伯父の家に預けられ、自転車を買ってほしいということもなかなか言えなかった。修学旅行も、体調が悪いと言って行かなかった。「両親に甘えることができず、少し苦労しましたが、今では子どもの頃に苦労してよかったなと思ってます」
 僕は偶然、2009年の「詩とファンタジー」春野号を持っていました。その中にやなせたかしさんが「ジタバタ」という詩を書いていました。
「載せていいですか」と聞くと、「どうぞどうぞ。ただ私の詩を認める人は、ほとんどいませんよ、あははは」と笑いました。


「ジタバタ」 やなせたかし
海はジタバタ/さわいでいた/ぼくはドタバタ/走っていた/それが記憶の/いちぺーじ/そしてジタバタ/年が過ぎ/ドタバタ未熟な/若い日は/愚かなことの/くりかえし/気づいてみれば/たそがれて/もう人生のターミナル/それでもジタバタ/まだ生きる


 肩の力が抜けていて、なんとも柔らかな生き方をしているように見えました。苦労を苦労と思っていないところが、遅咲きでも、最後に大輪の花を咲かすコツのように思えました。
 せっかく命があるのですから、つらいことがあったとしても、自分の人生を精一杯楽しみたいものです。


イラストレーション●浅生ハルミン

鎌田 實

かまた・みのる●1948年東京都生まれ。
74年東京医科歯科大学医学部卒業。88年諏訪中央病院院長に就任。2005年より同病院名誉院長。チョルノービリ(チェルノブイリ)原発事故後、放射能汚染地帯へ医師団を派遣し医薬品を支援。ウクライナ避難民支援にもいちはやく着手。イラクへの医療支援、国内の被災地支援にも尽力。著書に『がんばらない』『曇り、ときどき輝く』『鎌田式「スクワット」と「かかと落とし」』『鎌田式 健康手抜きごはん』『17歳のきみへ 人生で大事なことは、目には見えない』等多数。

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