[本を読む]
オードリー・タンさんという
「大木」の背後にある「森」
ひとりの輝く人が出てきた時には、必ずと言って良いほどその背後にたくさんの興味深い人たちや叡智がある。オードリー・タンさんが台湾のデジタル大臣になった時、そのユニークで自由なお人柄、そして学びの履歴に多くの人が関心を寄せた。そのオードリーさんのお母さんである
台湾でも、日本と同じように、学校に行かないという選択をする子どもをとりまく環境は必ずしも理想的なものではなかった。そんな中、伝統と革新を必ずしも対立させず、地域の文化や歴史と接続した教育のあり方を探る李さんの試みは素晴らしい。子どもに寄り添う学びは、儒教、道教といった諸子百家の伝統的な思想と共鳴することもできると本書は示唆する。「本立而道生」(もとたちてみちしょうず、物事の根本が定まれば、道は自然に生ずる)といった古来の知恵を、いかに現代的な学習観と結びつけるかという取り組みには目が開かれる。
本書の随所にちりばめられた実践的な知恵、その背後の哲学もすばらしい。学内の評価よりも、外部のコンテストや試験への参加を促すという方針は、学校が閉じた環境になってしまわないための叡智といえるだろう。小学生にとっては、「自主学習を行う」ことよりも「自主とは何であるかを学ぶ」ことがより大切だという指摘には深くうなずいた。
脳科学は、人間がいかに多様な存在であるかを明らかにしてきた。人工知能やグローバル化といった現代の状況で、一人ひとりの個性を活かした学びの環境をいかに育むかが人類の脳にとっての課題である。本書は、子育てや教育に関心を持つすべての人にとっての必読書であると同時に、変化する環境の中で学び直しをしたいと思っている多くの大人たちにも参考になるだろう。オードリー・タンさんという「大木」の背後にある「森」を知る深い感動がある。
茂木健一郎
もぎ・けんいちろう●脳科学者