[本を読む]
子どもの自殺のリアルと対策の課題を
一望できる必読書
わが国の自殺対策は成功していない。二〇〇三年の三万四四二七人をピークに減少傾向にある自殺者総数は、単に第一次ベビーブーマーである「団塊の世代」の高齢化という人口動態的変化によるものでしかない。また、大人の自殺は景気の好転によって容易に改善するが、一方、子どもの自殺は保健・福祉・教育の改善なしには減少しないといわれている。その意味で、少子化にもかかわらず子どもの自殺が増え続ける現状は、かなり控え目にいって深刻だ。
実態が見えにくいのは確かだ。子どもの自殺は「衝動的」に発生するとよくいわれるが、そうではない。情報が不足しているからそう見えるだけなのだ。特に思春期以降、子どもは急速に親に対して秘密を増やし、学校でも教師と友人とでは見せる顔を器用に使い分ける。だから、真の姿を把握するのは容易ではない。
とりまく環境も複雑だ。いじめや教員の不適切指導によって自殺に追い込まれる子どもがいる反面、コロナ禍休校を機に「密になった家族」の苦痛から自殺する子どももいた。つまり、学校は命を絶つ原因にも命を繫ぐ原因にもなり得るのだ。また、医療費抑制目的から国が推進してきた市販薬促進施策はドラッグストア業界を隆盛させたが、他方で、子どもの市販薬へのアクセスを高め、市販薬過剰摂取による酩酊下での自傷・自殺行動を増加させている。
こうした諸問題に対して、子ども自殺対策を所掌するこども家庭庁は、発足から2年間、ずっと押し黙っている。少なくとも評者にはそのように感じられる。また、自殺対策の専門家と目される人たちも、話題が子どもの自殺に及ぶと口ごもり、言葉を濁してばかりだ。
そのようななかで評者は、渋井哲也だけが頼りだとずっと信じてきた。彼はこの四半世紀一貫して生きづらさを抱える子どもを追い続け、子どもの自殺を凝視してきた。本書はその活動の集大成であり、子どもの自殺のリアルと対策の課題を整理して提示している。子どもにかかわるすべての大人たち必読の一冊だ。
松本俊彦
まつもと・としひこ●国立精神・神経医療研究センター
精神保健研究所薬物依存研究部