[対談]
池井戸 潤『ハヤブサ消防団』文庫化!
好きなことだけでは、続けていけない。だから模索し、挑戦する気持ちが生まれる。
のどかな田舎の山里で起こる連続放火事件を発端にした〝田園ミステリ〟として、2022年の刊行直後から話題を呼んだ『ハヤブサ消防団』(第36回柴田錬三郎賞受賞)。2023年にはテレビ朝日でドラマ化。自然豊かな風景の中、土地に眠る因縁と人間模様が鮮やかに再現され、好評を博した。
作品はこの度文庫化され、さらに「小説すばる」で『ハヤブサ消防団 森へつづく道』の連載がスタートする。それを記念して、ドラマ『ハヤブサ消防団』で主人公の作家・
構成=大谷道子/撮影=山口真由子
スタイリスト(山本さん)=笠井時夢
ヘアメイク(山本さん)=佐藤友勝
[衣装]ジャケット、ベスト、パンツ/全て(ベイカー・ストリート/SANYO SHOKAI)、その他スタイリスト私物
[お問い合わせ先] SANYO SHOKAIカスタマーサポート(ベイカー・ストリート)0120-340-460
アイデアの生まれる場に居合わせる。それも、編集者の大事な才能
山本 池井戸さん、お久しぶりです。そして今日、ここに、ドラマで僕が演じた中山田洋の〝本物〟がいらっしゃってるとお聞きしたんですが……。
池井戸 来てますよ。どの人だか、わかります?
山本 (周囲を見回して)えっと……あ、もしかして、あちらのピンクのシャツの方?
池井戸 そう、彼がモデルです。苗字は僕の担当編集者たちから少しずつ取って組み合わせたんですが、下の名前は同じ。
山本 やっぱり! はじめまして(本物に挨拶)。なんとなく、服装で察しがつきました(笑)。
池井戸 これまでに編集者の役を演じられたことは?
山本 たぶんはじめて、だと思います。でも、中山田はすごく楽しい役でした。父親の故郷で暮らしはじめた作家・三馬太郎のもとに東京の出版社からやってくる編集者で、
池井戸 彼は文芸の編集者らしい編集者ですね。ゴルフ、祇園……あともうひとつの「G」は何だっけ? あ、銀座か。
3Gが得意で、作家をダシにして遊んでいて、その合間に仕事しているという(笑)。
山本 ハハハ。いいですね。
池井戸 だから、山本さんが演じた中山田を見たとき、まさにイメージ通りだと思いました。派手なアロハシャツで田舎町に現れて、仕事をしに来ているのか遊びに来ているのかよくわからないけれど、本人が楽しんでいるのは間違いないと。
山本 確かに。中村倫也くんが演じるゆったりしている太郎と違って、中山田はいつも何かをまくし立てているキャラクター。だけど、状況を説明するような台詞もたくさんあったりして、今思うと、わりと難易度の高い役だったなと……。実は『ハヤブサ消防団』の撮影と同時期に、僕は他に3つの作品に関わっていたんです。Netflixの『地面師たち*1』とドラマ『きのう何食べた?*2』、それと映画『はたらく細胞*3』。
ただ、その中でも中山田の人物像はクリアだったし、撮影現場も毎回本当に愉快でした。
池井戸 すごい。それぞれ、ぜんぜんタイプが違いますね。
山本 とくに、シリアスで腹黒い役柄だった『地面師たち』とはスケジュールがほぼ被ってしまっていて、毎日、マネージャーに「明日は中山田さん? それとも石洋ハウス?」って聞いて、中山田さんですと言われると、フワーッと気が楽になる(笑)。役が明るければいいというものでもないんですが、それでも中山田のキャラクターには救われました。ひとつお聞きしたかったんですが、中山田のように、編集者が作家に小説のアイデアを提案することって、実際にあるんですか?
池井戸 ありますよ。ほとんどボツですけど(笑)。でも、ごくたまに「それはおもしろいかも」と思うときもあって……。たとえば、集英社の人たちとゴルフに行ったとき、ひとりが「ファイブフィンガーズ」という5本指のランニングシューズがいいという話をして、そういう靴って
山本 じゃあ、ゴルフに行くのも……。
池井戸 そうですね。編集者は原稿を書かせるのが仕事ですから、作家が思いついた瞬間に「それ、書いてください」と言えるかどうか。「何か書けたらお電話ください」みたいな人には、絶対にいい原稿は取れません。
山本 僕が演じた中山田はすごくアグレッシブだったから、そういう点でも、きっと有能なんでしょうね。
池井戸 そうですね。本物以上に有能だったりして(笑)。
楽なほうを選ぶか、困難にぶつかるか。正解は、やってみなければわからない
山本 これも素人みたいな質問ですが、小説って、どんなふうに書きはじめるんですか? まず主人公から決めるとか。
池井戸 『陸王』のように、まず、こういう話がおもしろいんじゃないかと思いつくことからでしょうね。『ハヤブサ消防団』の場合は、自分が生まれ育った土地で体験したことや両親から聞いたりしたことを書いて残しておきたいという思いが、まずありました。登場人物はそのあと。主人公の名前をどうしよう? みたいなところから始まり、だんだんに増やして一覧表を作っていきます。『ハヤブサ消防団』はやや少なめですが、だいたい1作で50人くらいが登場します。
山本 その中で、最初は隅にいたキャラクターが物語の中心に割り込んでくることもあったりするんでしょうか。
池井戸 よくあります。最初に設定しておけばいいんでしょうが、私の場合は何となく書いていって、さてこの先どうする? と詰まったときに「そうだ、前のほうに出ていたあいつを使おう」と。読者のほうは「あれが伏線だったんだ!」とあとで思われるんですが、実はそうではなくて、単に廃品を回収しただけなんです(笑)。
山本 ハハハ! あと、書きはじめるときはハッピーエンドにするかどうかは決まっていますか。
池井戸 バッドエンドがあまり好きではないので、だいたいハッピーエンドになりますね。でも、まったく思いもよらない展開になることもあります。最近ハードカバーで復刊したミステリー『BT’63*4』(ハーパーコリンズ・ジャパン)は、運送業界の闇について書くつもりだったんですが、なぜか昭和のファンタジーになっていました。
山本 へぇーっ。池井戸さんは実際の出来事を書かれることのほうが多いんだと思っていました。
池井戸 ファンタジーなのはタイムリープ(時間跳躍)が絡むからで、メインの舞台は現代の日本社会です。結局、何を書くかは思いつきや好き嫌いで決めているわけですが、かといって、好きな小説だけ書いていても売れないので……。
山本 池井戸さんでも?
池井戸 ええ。「これを書きたい!」と強く思うものがあって、それが実際にヒットするというのは、宝くじに当たるような確率です。でも職業作家としては、毎回売れてくれないと困るんですよ。だから、売れるもので自分が書けるものは何か? という探し方をしていくことになります。
山本 売れる、売れないはどこで測るんでしょう。
池井戸 今だと、SNSとかの反応でしょうね。『ハヤブサ消防団』のドラマが放送されているとき、僕はテレビを見ながらXをリアタイ(リアルタイムでチェック)してたんですよ。山本さん演じる中山田が登場すると「中ちゃんキター!」という書き込みがドドッと出てくる。そうすると、「中山田って人気があるんだ。じゃあ次も絶対出そう」となります。
山本 なるほど。僕はあんまりSNSを見ないんですが、たまに友だちが「こんなこと言われてたよ」って送ってきたりして(笑)。そういう書き込みで気を落とす人もいるけど、僕はぜんぜん落ちないし、むしろ楽しくなってきますね。でも、そうだな……僕も「これが好きだ、絶対にやりたい!」と最初から思う作品は、20本に1本くらいしかないかもしれません。もちろん「これに出るの?」と思われるような作品じゃないほうがいいんですけど。あとは脚本を読んで、大変か大変じゃなさそうかを予想するくらいで。
池井戸 そういうときは、やっぱり大変じゃなさそうなほうを選ぶんですか?
山本 うーん、それも、やってみないとわからないことが多かったりするんです。脚本を読んだときは大丈夫かなと思っても、行ってみたら実は大変だったとか。『ハヤブサ消防団』のあと、やはり池井戸さん原作のドラマで参加させていただいた『花咲舞が黙ってない*5』も、そういうパターンの作品だったかもしれません。舞と相馬は二人の場面が多いので、もし相手役が議論するタイプの俳優だったら、けっこうしんどい状況になったんじゃないかと……。舞を演じた今田美桜さんがフワッとかわいらしく、淡々とやるタイプだったので、一緒に乗り越えることができましたが。
池井戸 2代目相馬
山本 そうなんです。上川さん、ときどき相馬の台詞を言ってしまったりするし(笑)。少し前に、原作とドラマの脚本の
池井戸 『ハヤブサ消防団』のときは、脚本を読んでコメントをさせてもらいました。作品によってはもう少し口を出すときもありますが、たいてい嫌がられます(笑)。ただ、これもどちらがいいかは、やってみないと最終的にはわからないですね。山本さんの場合と同じです。
山本 ご自分で映画やドラマの脚本を書こうと思われたことは、ないんでしょうか。
池井戸 映画の脚本は一度、自分の小説が原作の『シャイロックの子供たち』で書きました。ツバキミチオというペンネームで、かなり短期間で書いたものなんですが、なぜか日本アカデミー賞の優秀脚本賞をいただくことになってしまい……。
山本 え、すごいじゃないですか!
池井戸 本当に思いがけないことでしたが、それがあって以降、映像化の脚本にちょっと口出ししやすくはなりましたね(笑)。いわゆる原作ものではない、新作の脚本についても、実はいま挑戦しようとしているんです。
山本 そうなんですね。うわー、楽しみです。
質問「 移住した太郎のように人生を変える決断、しましたか?」
山本 何だろうな……決断という点で大きかったのは、やっぱり結婚したことですね。あとは、近々でいうと、昨年日米合作のミュージカル『RENT*7』に出演して、日本初演でやった役を26年ぶりに演じたこと。やりたいと思って演じた26年前があって、自分の中ではもうできないだろうと思っていた演目と役にもう一度、しかも英語で再会できることになったときは、腹を括った感がありました。
池井戸 僕も拝見しましたが、すばらしかったですね。
山本 ありがとうございます。日米合作の作品ですが、日本側としてのキャスティングは僕とクリスタル・ケイさん(国籍は米国)の二人だけだったので、インタビューでも「山本さん、日米の『日』の部分を背負いすぎてませんか」と(笑)。稽古場の初日は頭の上を聞き取れない英語が飛び交っていて、「やばい」「この中でやるのか」と肝を冷やしました。
池井戸 あの膨大な英語の台詞、今も覚えているんですか?
山本 日本語のそれと違って歌のように入っているからか、逆に抜けないです。何なら26年間、ずっと抜けてなかった役でしたし……。稽古に入る1年半くらい前から英会話をとにかく頑張ろうと、手当たり次第に英語の本を買っていて、あるとき書店で妻に「それ、数学の本だよ」と言われたりもしました。
池井戸 ハハハ、かなり病んでましたね。
山本 ええ、完全にやられてました(笑)。でもあるとき、「やるべきことが間違ってないか?」と気づいたんです。普段、日本で演じる現場では、僕にとっては俳優やスタッフとのコミュニケーションが第一で、芝居の優先順位は少し下。でも、英語で上演する『RENT』だと会話で周囲とつながることができないので、芝居を武器にするしかない。いつもの僕らしくはないけれど、芝居に集中してみたら、そうか、芝居でちゃんと通じ合えればいいんだなと……。芝居が僕の背中をこれほど支えてくれていると感じたのは、はじめてでしたね。
池井戸 いい経験をされたんですね。決断、ということではないですが、僕の人生の転機になったのは、やっぱり江戸川乱歩賞と直木賞、このふたつの賞をもらったことだと思います。新人賞で、受賞した瞬間に作家という肩書きがもらえたのが江戸川乱歩賞。直木賞は「待ち会」から解放された賞で……待ち会って、わかります?
山本 マチカイ?
池井戸 文学賞にノミネートされると、受賞したかどうかの電話がかかってくるのを、編集者たちとどこかで飲みながら待つんです。何回やったかわからないくらいやって、もう二度とやりたくなかったのでホッとしました(笑)。実は太郎と中山田も、これから待ち会をやるんですよ。「小説すばる」で始まる『ハヤブサ消防団 森へつづく道*8』の中で。
山本 そうだ、続編が始まるんですよね。
池井戸 はい。太郎が小説家として多少売れてきて、作品がある文学賞にノミネートされるんですが、太郎と同じく八百万地区に縁を持つ、ある人気作家がライバルとして登場し、その人も同じく候補に推されるんです。その作家についている編集者が、中山田のライバルになります。
山本 それは、かなり気になる……。
池井戸 それで二組の作家と編集者が、なぜか居酒屋サンカクで待ち会をするという展開に(笑)。その場面はもう少し先になりますが、中山田は連載の1回目から登場していますから、「中ちゃん」ファンの方は必読です。
山本 これはもう、皆さんが映像化を期待してくださるんじゃないですか? ぜひやりましょう。消防団のメンバーも、全員揃うといいなぁ。続編のときって、だいたい同じキャストなのに、ひとりくらい替わっている人がいたりするんですよね。「あの人、降りたんだ……」って(笑)。
池井戸 そもそも、すでにひとりドラマの中ではなくなっていますからね(笑)。まあ、双子の弟とか、そういう形で無理やり出ていただいても、僕としてはOKです。
山本 ハハハ。『ハヤブサ消防団』『花咲舞が黙ってない』と、こうして続けてご一緒させていただけたご縁、ありがたいですし、次にお書きになる作品でも、僕にできることがあればぜひ! と思っています。
池井戸 もちろんです。ぜひよろしくお願いします。
注釈
*1 2024年7月25日より配信開始。山本さんは地面師集団のターゲットのひとつとなる大手不動産会社・石洋ハウスの開発事業部長・青柳隆史役。原作は新庄耕氏の同名小説(集英社刊)。
*2 よしながふみ氏の同名コミック(講談社刊)をドラマ化したテレビ東京の人気シリーズ。2019年放送のシーズン1、20年のスペシャルドラマ、21年公開の劇場版に続き、23年放送のシーズン2で筧史朗(西島秀俊・演)と矢吹賢二(内野聖陽・演)の友人、小日向大策役を演じた。
*3 清水茜氏の同名コミック(講談社刊)が原作。アニメ、ラジオドラマ、舞台化に続いて2024年12月13日に映画版が公開。山本さんはキラーT細胞を演じ、歌唱も披露。
*4 親本は2003年、朝日新聞社から刊行。
*5 2024年4~6月に日本テレビ系列で放送。原作は中公文庫、講談社文庫刊。
*6 舞の叔父で居酒屋店主の花咲健役。上川さんは2014年放送の第1シリーズ、15年の第2シリーズで相馬健役を演じた。
*7 2024年8~9月に東京・大阪で上演。ブロードウェイのオリジナル演出版を日米キャストによる全編英語上演で話題を呼んだ。マーク役の山本耕史さんほか、ロジャー役にアレックス・ボニエロ、モーリーン役にクリスタル・ケイほかが出演。
*8 「小説すばる」6月号(発売中)から連載開始。
池井戸 潤
いけいど・じゅん●作家。
1963年岐阜県生まれ。慶應義塾大学卒。98年『果つる底なき』で江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。著書に『鉄の骨』(吉川英治文学新人賞)『下町ロケット』(直木賞)『ハヤブサ消防団』(柴田錬三郎賞)「半沢直樹」シリーズ、「花咲舞」シリーズ、『BT'63』『ルーズヴェルト・ゲーム』『七つの会議』『陸王』『アキラとあきら』『ノーサイド・ゲーム』『俺たちの箱根駅伝』など多数。
山本耕史
やまもと・こうじ●俳優。
1976年生まれ、東京都出身。幼少時よりモデルとして活動。1987年、日本初演の『レ・ミゼラブル』で少年革命家・ガブローシュ役で舞台デビュー。フジテレビ『ひとつ屋根の下』、NHKテレビ『陽炎の辻~居眠り磐音 江戸双紙~』『新選組!』『鎌倉殿の13人』、映画『シン・ウルトラマン』など出演多数。ドラマ・舞台・映画など幅広い分野で活躍している。