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政治の本質を多方面から衝 いた
実験的政治小説の収穫
いやあ面白い。政治小説なのにたっぷりと愉しませてくれる。選挙は最高のエンタメという言葉が最後に出てくるが、首相選挙の一部始終を描いたこの小説もまた、まさに最高のエンタメである。
戦後長らく政権を握っていた民自党に代わって、野党の新日本党が政権を奪取して十数年。政治システムは一変した。国会は廃止され、二十歳以上の国民からランダムに選ばれる「国民議員」制度になり、首相は直接国民が選ぶ直接民主制になった。日本国籍を持つ三十歳以上であれば誰でも立候補できるが、供託金はなんと一億円。
その第五回首相直接選挙が三月に行われることになった。有力候補は、与党の新日本党からは女性局長兼政調会長の大曽根麻弥、民自党は関西を中心に絶大な人気を誇るテレビタレントで大学教授の尾島泰人をかつぎだし、SNS総フォロワー数八百万人を誇るYouTuberの城山拓己も出馬を決意する。
という紹介は四分の一程度で、このあと意外な展開と予想外の事態、秘密の駆け引きなどがあらわになって、どう転ぶかわからない選挙戦になる。面白いのは、実は実はと裏側での陰謀が繰り広げられていることが判明することで、どんでん返しに頼らなくても充分に読ませる堂場作品でありつつ、切れのいいひねりが連続する。
だが、注目すべきは主題だろう。直接選挙は選挙ショーであり、人気投票にすぎない。ポピュリズムに陥る危険性、すなわち大衆の利益の側に立とうとするがゆえに大衆に迎合的な人気政策を打ち出し、本当の政治家が生まれない恐れも見据えている。新日本党が直接民主主義から間接民主主義を打ち出さざるをえなくなるあたりの皮肉な進展も奥が深い。
またSNSの発達により、選挙が一段と危うくなっている状況も、しかと視野にいれて、選挙戦の全貌をとりあげている。政治の本質を多方面から衝いた実験的政治小説の収穫。『小さき王たち』三部作(『濁流』『泥流』『激流』)、『デモクラシー』、本書と、堂場瞬一は、警察小説、スポーツ小説のみならず政治小説の第一人者にもなったといえる。この政治路線、もっと読みたいものだ。
池上冬樹
いけがみ・ふゆき●文芸評論家