[本を読む]
底知れぬ真一文字
催眠術にかかった。落語を聴き始めて20年近くになるが、昨年末、そんな感覚になる落語を初めて体験した。
冬によく高座にかけられる「ふぐ鍋」という一席で、酒の
鑑賞ではなく、体験させるような落語。それを実現する催眠術師、もとい落語家というのが、
上質なドキュメンタリーを見ているようだった。一之輔さんが語った生の言葉を、ナレーションのように著者が客観的に捉えながら展開し、落語家仲間や弟子などのインタビューでより骨格がはっきりしてくる。序盤に、以前一之輔さんを密着したNHKの某ドキュメンタリー番組に触れている。落語における苦悩や失敗が描かれなかった、と。
その点本書では、葛藤まで至らずとも、試行錯誤を繰り返されている姿が見え隠れしていたように思う。さらに、落語家としての一之輔さんだけでなく、弟子/師匠という顔、父親としての姿、落語ファンとしての原点の表情が見られる。多角的な取材の中で一之輔さんにとことん向き合った成果だ。これぞ〝真一文字〟。
師匠である
南沢奈央
みなみさわ・なお●俳優