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国民的作家の資質とは何か
「少子高齢化が進むこの国にとって、いろんな出来事が、始めることよりも閉じていくことの方が難しいと感じることが多くなってきました」
映画『すずめの戸締まり』の着想について、新海誠監督はこう語っている。
「だからこそ、いろんな可能性を開いていく物語ではなく、一つ一つの散らかってしまった可能性をあるべき手段できちんと閉じていく物語を今作るべきなのではないかと考えました」と、製作発表会見の中で述べている。アニメーション映画を、単なる娯楽としてではなく、虚構を通して今の日本社会の“断層”を浮かび上がらせる作品として作り上げる。まさに「国民的作家」たる発想と言えるだろう。実際、新海誠はそのような問題意識を背景に持つ作品で名を上げてきた。
『君の名は。』は東日本大震災が、『天気の子』は気候変動がモチーフの一つになっている。美麗なタッチの映像やエモーショナルなストーリーが評判を呼び、記録的なヒットを打ち立てる一方、作品のテーマ性は様々な議論を呼んできた。本書はそんな新海誠の作家性を、世界のアニメーション史の中に位置づけ、紐解いていく一冊だ。
新海誠の特異さは、「個人作家」出身というところにある。宮崎駿や庵野秀明などのようにアニメ業界でキャリアを重ねてきたわけではない。傍流の出自だ。ただ、世界各国のインディペンデントなアニメ作品の配給に携わる著者の土居伸彰氏の視点から見ると、こうした個人作家が増えているのは世界的な潮流なのだという。その背景にはデジタルな制作環境の普及による技術革新がある。
新海誠の孤独を突き詰めた作風は、社会の要請と共に巨大化していく。それが『君の名は。』『天気の子』につながった。
「聖地巡礼」という事象が象徴するように、今のアニメーションは実在する場所の風景と呼応し、現実世界のありように強い影響を与える表現となっている。そのことが持つ力に最も自覚的なアニメ作家が新海誠であると言えるだろう。
柴那典
しば・とものり●音楽ジャーナリスト