[今月のエッセイ]
十九の花、百の双葉
「冷蔵庫……。これっていったい何を思いついたんだっけ?」
短編やショートショートの依頼が入ると、まずは仕事用の保存データの、「ショート」というフォルダーを開く。その中には、百以上のWordデータのタイトルが並んでいる。それだけのショート作品のストックがあるぞ、と威張っているわけではない。それらのほとんどは、「起承転結」で言うところの「起」や「承」までで終わっている、未完成の走り書きでしかないのだ。
たとえば道を歩いている時や、車を運転している時、何か不思議な光景や不条理な状況を見るなり思いついたりしたら、とりあえずスマホのメモ帳にメモしておく。家に帰ったら、メモからその時点で思いつくだけのストーリーを書き殴り、適当なタイトルをつけて保存する。しかる後、放置して、記憶からも消し去ってしまう。それゆえ、「ショート」フォルダーには、「冷蔵庫」「ペンだこ」「太い柱」などなど、開いてみなければ何が書かれているのか皆目見当がつかないタイトルがずらりと並んでいる。短編の依頼があって初めて、そんな有象無象が詰まったフォルダーを開いてタイトル一覧を見渡す。そこで、冒頭のつぶやきとなるわけだ。
いわば「ショート」フォルダーは、芽生えたばかりの双葉の状態で光が封じられ、冬眠させられている植物が並んだ畑のようなものだ。フォルダーを開くことで、眠っている百以上の「ストーリーの芽」に光をあて、光合成を促す。私は、水を入れたジョウロを手にした栽培士だ。大きく育ちそうな「双葉」のタイトルを開いては少し水をやって「さて、どれが花開くかな?」と成長を見守る。
「栽培」の経過もさまざまだ。順調に茎が太くなってきたものの、実は花の咲かない植物(オチのつかないストーリー)だったということもあるし、細い茎しか伸びず、「これは育ちそうもないな」と見放しかけた双葉が、実はつる植物で、支柱を立てたらぐんぐん成長した、ということもある。そうして、きちんと花開くまで育ってくれたストーリーが、一つの作品となる。
なので、今回の掌編集『名もなき本棚』に収録された十九編は、将来性も未知数な百以上の中途半端なタイトルが並ぶ中から背を伸ばし、うまく花が咲いてくれた作品ばかりだ。そうやって咲いた「花」は、最初の「走り書き」の時には思いもよらなかった大輪になることもあるし、予想とはまったく違う色や形となることもある。そして、そんな十九の「花」たちの背後には、水をやっても光をあてても育たなかった、百以上のアイデアの「枯れた双葉」が横たわっているわけだ。
ショート作品は、雑誌なりウェブなりに掲載されれば仕事としては終了だ。だが作家にとっては、その作品が完結したことで「終わり」ではない。イメージとしては、未完成のモノクロ長編映画の中のほんの五分ほどを「カラー映像化」した気分なのだ。そうなると、「
たとえば今回の収録作中では、「部品」という作品をきっかけに、長編『メビウス・ファクトリー』が生まれた。「闇」は、『ターミナルタウン』の「影無き者」のエピソードにつながり、「The Book Day」に登場する「空を飛ぶ本」のイメージは、とても短編の中だけには収まりきれず、様々な他の作品に向けて羽ばたいていった。そうして、「動物園」シリーズの「図書館」(『廃墟建築士』所収)や、『刻まれない明日』『作りかけの明日』『30センチの冒険』などの長編作品に、イメージが引き継がれた。今回の掌編集が気に入っていただけたら、短いストーリーとはまた違う趣の花が咲いた、長編作品にも興味を持ってもらえれば幸いだ。
そういえば、先日、国語の教科書にサインをするという
三崎亜記
みさき・あき●作家。
1970年福岡県生まれ。2004年「となり町戦争」で第17回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。著書に『バスジャック』『失われた町』『鼓笛隊の襲来』『廃墟建築士』『逆回りのお散歩』『手のひらの幻獣』『メビウス・ファクトリー』『博多さっぱそうらん記』等。