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巻頭インタビュー/本文を読む

死にたいキャバ嬢と推したい腐女子
恋愛の新境地を描く『ミーツ・ザ・ワールド』
金原ひとみさんへインタビュー

[巻頭インタビュー]

真逆の二人がぶつかった先に生まれる、新たな愛の形

焼肉擬人化漫画をこよなく愛する、恋愛未経験の腐女子・由嘉里ゆかり希死念慮きしねんりよを抱えた美しいキャバ嬢・ライ。出会うはずのない二人の人生が交わったとき、新たな世界の扉が開く。推しへの愛と三次元の恋、そして幸せになりたい気持ちの行きつく先は――。
金原ひとみさんが恋愛の新境地を描いた『ミーツ・ザ・ワールド』の刊行にあたり、お話を伺いました。

聞き手・構成=倉本さおり
撮影=イマキイレカオリ

「推し活」への興味と敬意

―― 今作の主人公は、「推し活」が人生の中心にある二十七歳の女性・由嘉里。これまでの金原さんの作品に登場してきた主人公のイメージとはかなりタイプが異なっていますよね。執筆のきっかけはどこにあったのでしょうか。

 最近、推し活をしている人が私の周りにもたくさんいて。オタクとか腐女子とかBLといったものの受け取られ方も少しずつ変わってきているなというのを実感していたことが最初のきっかけです。実際に彼女たちが「推し」について熱く語っているのを聞いていると、すごく魅力的な世界だということがわかってくる。私にはそういう「推し」に相当するものがなかったので、理解したいという気持ちもありました。

―― 由嘉里の「推し」というのが、「ミート・イズ・マイン」こと焼肉擬人化漫画のキャラクターたち。それぞれの部位をイケメンに擬人化させた「ミノくん」や「トモサン」や「カイノミン」といったキャラ自体の設定も含め、「正肉しようにく系」と「内臓系」といったグループ同士の愛憎(!)などつくり込みがとても細かくて実在するのではないかと勘違いしてしまうほどのレベルですが、あれはどこから着想を得たんですか。

『ヘタリア』という、国を擬人化した漫画にハマってた友人がいたんですよ。二次創作もバリバリやってて。それで擬人化というモチーフに興味を持ちまして。実際に小説に落とし込むならできるだけ自分の好きなもので書きたいなと思ったときに「じゃあ肉かな」って(笑)。焼肉だったらいろんなジャンル分けもあるし面白いかなと思って、焼肉に関する本をいっぱい買って読んで、ノリノリで設定をつくり込んでいくうちに、ああ、いいね、読みたいね、っていう気持ちになっていったので、これならいけるかなと。自分自身、肉に対する愛情もあるし、それをイケメン化して愛めでている由嘉里という人間にも「こいつ面白え」みたいな喜びがあって。本当に「ミート・イズ・マイン」の説明を書いているときは楽しかったです、私も。

―― もともとご自身にはBLの素養はなかった?

 あんまりなくてですね、いろいろ取材したり周りにいる人にお薦めしてもらった作品を読んだりしたんですけど、なにかこう、ぐっと来なくて。「肉」に辿り着くまでは、自分に書けるんだろうかという不安はありました。ただ、私の中には憧れもあって。いわゆる腐女子という人たちに対するリスペクトがあるんです。彼女たちが発揮する力ってものすごいものがあると思うんですよ。何かに対してそこまで夢中になれるって単純に素晴らしいことだなと。そこに対する敬意を持って由嘉里というキャラクターを構築していった感じです。

真逆のキャラクターを配したことで見えたもの

―― 物語は、断り切れずに参加した合コンで散々な目に遭い泥酔した由嘉里が、夜の歌舞伎町でライという、希死念慮を抱えたキャバ嬢と鮮烈な出会い方をする場面から幕をあけます。この二人のキャラクターは非常に対照的に描かれていますよね。

 由嘉里とライに関しては、真逆のものをぶつけたいという気持ちが最初にありました。社会的で真っ当な視点を持っている反面、わりと凝り固まった、一般的な考えに寄りがちな由嘉里という主人公に相対するものとして、「は? 何それ」って言ってくれる人間。空気を読まずに正論をきちんとぶつけてくれる人がほしいなと思って。これが正しくて、これが間違っている、という物差しを由嘉里自身があまりにも安易に多用していることに気づいてほしかったんです。

―― いわゆる「地味目女子×派手目女子」といったコントラストって、エンタメ作品においてある種の定型になっている面があると思うのですが、その場合、後者が前者の背中を押してくれるとか、お尻を叩いてくれるというような描かれ方が多い。ところが由嘉里がライから受け取った影響はひと味違う。ライは、自分をコントロールするための取っかかりを与えてくれたに過ぎなくて、むしろ由嘉里は由嘉里のままだともいえる点がすごく新しくていいなと感じました。

 由嘉里が当初おどおどしていたのは、自分自身がどういう存在なのかちゃんと理解していなかったから。ライはそれを自然な形で気づかせていった形になるのかなと思います。由嘉里は「○○が嫌だ」とか「○○がいい」みたいなものがはっきりとあるくせに、はっきりとある自分というものを認識していない。自分にとって大切なものは何なのか、自分にとって意味のあることは何なのかという部分が言葉にできてないんですよね。ポテンシャルあるのにもったいないな、という感じでライのほうはたぶん見ていて、だからこそ絶妙な掛け合いというか、関係性が出来上がったのかなと思います。

―― デビュー作『蛇にピアス』をはじめ従来の金原作品では、むしろライに近い人びと、希死念慮を抱えている人びとが主人公の側に立っていました。今回はそうした構造をあえて反転させる意図もあったのでしょうか。

 例えば、この小説の前に書いていた『アンソーシャル ディスタンス』は、そもそも入口からダークなのに、さらにダークなところに潜り込んでいってしまう人たちの話です。そういうタナトス的なものに惹かれてしまう人びと同士で関係性が出来上がると、本当は見えていない部分もなんとなく諒解したかのような状態で話が進んでしまう。そこに「えっ?何で死にたいの?」って直球で疑問をぶつけていく由嘉里がいることで、お互いの在り方がくっきり浮かび上がってくる手応えは書いていて感じました。書き手としての私自身、発見があったというか。由嘉里ってものすごく生命力があるじゃないですか。彼女の「私、生きたい」「だからあなたも生きていてほしい」という、子供のような真っすぐなところは、これまで書いてきた主人公と全然違う景色を見せてくれたなと思います。

―― 由嘉里にとっては、ライは三次元で出会った推しだったのかなと。

 だと思います。愛も自覚したし、それとの付き合い方、処し方みたいなものも身につけないといけない状況に置かれて、彼女は本当に必死になって諦めずに動き続ける。ライの家に行って、一緒に暮らし始めて、初めて実家を出て初めてバーに一人で入ったりもして。そういう他愛もないことも含め、自分で決めてしまっていた限界がどんどんくつがえされていくという経験の積み重ねが、彼女を少しずつ力強い人間にしていく。最後は「こういう気持ちでライを待とう」と自分で決められたところが成長だと思っています。自分の力が全く及ばない領域がある、人には必ずそういう面があるという事実もしっかり書きたかったし、それでも救いたい、関与したいと思ってしまう人間らしさも書きたかったので。わかりやすい展開では決してないんですけど、あの境地に至れたことは、見守ってきた者としてすごく幸せなことだなと思いました。

―― いつも登場人物を見守るような心持ちで書いてらっしゃるんですか。

 割とそうですね。最初にぽーんって離して、そこから見守っていく感じです。たまに「あっ、そっちじゃない」って感じの指示を飛ばすぐらいで。今回は特に見守りがいがありました。何も悟ってないから(笑)。当初は書きながら「何でこんな心が狭いやつなんだ」みたいな気持ちになって、由嘉里にいらいらすることもあったんですけど、だんだん自分の小ささに気づいていって、もっと大きなものを得たいと思って動くようになる彼女の移り変わりに素直に共感できました。

ぐだぐだと考え続け、悩み続けるのが「人間」

―― 作中、とても魅力的な台詞がたくさん登場しますが、特にホストとして働くアサヒの「いつも一つ足りないって思うんだ」という台詞がとても印象的でした。「あと一つ支えがあれば立ってられるのに」。あの台詞は、きっと実生活でも今みんなが感じていることなんだろうなと。

 前からずっとあった気持ちかもしれないけど、最近とくに強く感じますよね。私は小説を書くこと読むことで、その何かを一時的に埋めながら生き長らえているんですけど、アサヒみたいな小説を読まない系の人たちがどうやってそこをごまかしているのかずっと気になっていたんです。ちなみにアサヒの登場の仕方って、実際にあったことなんですよ。新宿を歩いていたら、ホストの男の子が「お金あげるから抱きしめて」みたいなことを言ってきて。

―― えー! その後どうなったんですか?

 ぎょっとしたんですが、面白いと思う気持ちが勝ってその場で二十分くらい話を聞きました。きらびやかな世界に生きているホストが、「寂しい」って言う。聞いているうちに、やっぱり人間だなという感じがしたんですよ。だからアサヒのエピソードはそのときの彼の話がベースになっていて、時々思い返しつつどんなんだったのかなと補足していく感じで描きました。

―― 由嘉里と母親のやりとりもリアルで身につまされました。母親は由嘉里を心配しながらも、気持ちが届かない。

 ここ数年、人と人の関係の限界というものをすごく感じることが多かったのですが、その究極形ですよね。母と娘なんて。お互い認められないし、でも、相手には幸せになってほしい。わかりあえない相手に関わりたいとき、どんな形があるのかなということを考えるきっかけにもなりました。あの場面には、自分が直接関与できない人たちへの行き場のない愛情というか、救いたい、手を伸ばしたいという気持ちがすごくこもっています。

―― 金原さんの小説には「わかりあえなさ」というテーマが必ず織り込まれていますよね。これまではどちらかというと、わかりあえないということにどこまで絶望できるかという方向性だったと思うんですが、今回はそこから一歩前に踏み出している印象を受けました。

 そうですね。これまではわかりあえなさの限界に挑んでいくようなところがありましたけど、今回は限界にぶち当たってみんなで壁に激突してどうしようってなっているところから始まって、ちょっとずつちょっとずつ「これは無理だけど、これはできるかな」っていうものを探りあっていく。そういう調整に入る段階の関係性を書き始めたなと思います。

―― 調整し続けるって、思考し続ける「体力」がないとできないですよね。でもSNSに象徴されるように、現実の社会では早くて強い言葉が求められがちという。

 そうなんですよね。でも、簡単な結論を出すことは避けたいと思っていて。だってツイートの140字とか、TikTokの何秒、何分にすべてをまとめるなんていうことは絶対無理で、ぐだぐだと答えが出ないことを考え続けることこそが生命力だとも思うし、生きるための知恵みたいなものにつながっていくと思うんですよね。
 このあいだイ・ランさんの『話し足りなかった日』という最新エッセイ集を読んだのですが、彼女はものすごいぐだぐだ悩むんですよね。日常のこととか人間関係とか、お金がないことについてめちゃくちゃぐだぐだと書いていて。そこがもうとにかく「人間」過ぎてやばいなと(笑)。あんな濃度の高い人間のモノローグに触れたのはすごく久しぶりだなと思ったし、結局は彼女みたいに考え続けないと本当の意味で生きていくことさえもできないんだという、諦めにも似た覚悟みたいなものを持って小説を書いていきたいなと思いました。

恋愛がインストールされていない主人公の未来

―― 金原作品の中では、ある意味恋愛はデフォルトでしたよね。ところが由嘉里は恋愛が最初インストールされていない。

 そういう、自分の中でこれまでとは違う部分を出せた点は書いていて快感でもありました。

―― デビュー作から読み続けている読者の立場からすると、セックス描写がない金原作品というのも珍しく感じるのではないかと思いました。

 確かにセックスシーンは一つもない。キスすらもしてないですね。すごいな、そう考えると(笑)。手をつなぐのと、泣いているときにハグされるみたいなことぐらいが限界の世界観なので。でも、対置されるライにせよ、恋愛しているほうが偉いっていう考え方ではないですからね。由嘉里に何か無理させるようなことを周りにもしてほしくなかったし、彼女にも無理やり頑張って成長しようみたいなことを考えてほしくなかった。結果的には彼女らしい未来に導いてあげることができたかなと思います。

―― 由嘉里は最初こそ固定観念の中であがいているけれど、ライと一緒に暮らすうちにどんどん吹っ切れていく。外見に関しても、最初はライに向かって「あなたみたいな顔に生まれたかった」とくどくど言っていたのに、最終的には外見のことなんか「正直もう本当にどうでもいい」「そのために時間とかお金とか精神力を費やすのはマジで苦痛」なんて言い切る。その姿がむしろ周囲には魅力的に映るんですよね。

 そうだと思いますね。タイトルにもあるように、彼女はいろんな人と出会って、見る世界がどんどん広がっていく。おかげで自分に必要なものを自分で認められる強さを得ていくんですよね。見た目的なところは変わってなくても、きっと一緒にいるみんなには、彼女がどんどん自信を持っていって、自分がどういう人なのかということに自覚的になっていく姿が見えていただろうと思いますし、書いている私も嬉しかったです。

金原ひとみ

かねはら・ひとみ
1983年東京生まれ。2003年『蛇にピアス』で第27回すばる文学賞を受賞。04年、同作で第130回芥川賞を受賞。著書に『TRIP TRAP』(織田作之助賞)『マザーズ』(Bunkamuraドゥマゴ文学賞)『アタラクシア』(渡辺淳一文学賞)『アンソーシャル ディスタンス』(谷崎潤一郎賞)等多数。

『ミーツ・ザ・ワールド』

金原ひとみ 著

発売中・単行本

定価 1,650円(税込)

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