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対談/本文を読む

小説すばる新人賞受賞
『櫓太鼓が聞こえる』鈴村ふみ
北方謙三さんとの記念対談
「土俵には人間の真実が埋まっている」

[対談]

すばる文学賞・小説すばる新人賞
受賞作 刊行記念特集
対談 北方謙三×鈴村ふみ

土俵には人間の真実が
埋まっている

「大相撲の朝は早い」
という一文から始まる『櫓太鼓がきこえる』の主人公・あつしは十七歳の新人「呼出よびだし」。
関取のいない弱小相撲部屋に見習いとして入門し、力士たちと生活を共にしながら、稽古と本場所の毎日を送っている。失敗ばかりの日々に家族との断絶、先輩の支えと嫉妬……それでも土俵で声を張り続ける篤は、一人前の呼出になれるのか。
第33回小説すばる新人賞を受賞した鈴村ふみさんの『櫓太鼓がきこえる』は、大相撲を舞台にした青春小説です。力士ではなく呼出という裏方の視点を選んだところに「小説的センスを感じる」と評された選考委員の北方謙三さんをお迎えし、受賞対談をお届けします。終始緊張が続く鈴村さんに、大先輩から、厳しくも温かいアドバイスが飛びました。

構成=砂田明子/撮影=chihiro.
(於:二〇二〇年一一月二〇日、帝国ホテル)

※呼出とは:取組の前に力士の四股名を呼び上げるほか、土俵づくり、太鼓、柝入れ、懸賞幕の管理など、土俵の進行に大きな役割を果たす

力士でなく、
呼出を書いたから成功した

北方 大相撲、好きなんですか?

鈴村 はい。

北方 誰が好きなの? 小説に書いた呼出さん?

鈴村 いちばん好きなのは力士で、隆勝たかのしよう関です。幕下のころから応援しているんです。

北方 おにぎり君といわれている人?

鈴村 そうです。

北方 ずいぶん強くなったよね。貴景勝たかけいしようと稽古するようになって。

鈴村 はい。貴乃花部屋と合併する前は幕内にも昇進していて、自分より上位の稽古相手がいなかったんです。

北方 僕は、柏戸、大鵬のころから相撲を見てるけど、あのふたりが稽古するとなかなかいいだろうと思う。貴景勝は腰が低いから、隆の勝も低くなってね。でもあなたは、大好きな大相撲を力士の視点で書かなかった。この小説は、新人の呼出さんだったから成功したと思う。

鈴村 ありがとうございます。隆の勝関が幕下のころから稽古見学で部屋を訪れていたんですが、その当時、千賀ノ浦部屋(現・常盤山部屋)には関取がいなくて、テレビにも相撲雑誌にも取り上げられることがほとんどなかったんです。私は隆の勝関をはじめ、部屋のみなさんがすごく好きだったので、ぜんぜん話題にならないのが悲しくて。その気持ちがあって、小説ではふだん目立たない人にスポットを当てたいと思いました。

北方 それが呼出を書いた動機?

鈴村 きっかけの一つです。

北方 でも、たとえばまげを結い上げる床山とこやまや、行司にもしなかった。

鈴村 はい。呼出にしたのにも理由がありまして、いちばん下の呼出さんは、序ノ口の最初の取組から呼び上げるんです。朝の八時半とかに、お客さんが入ってないガラガラの会場の土俵に上がって、「ひがあーしー」と。その一方で、呼出さんには他にも仕事がたくさんあって、結びの一番などでは懸賞旗を持って土俵を回らなければなりません。そのとき会場は満員で熱気にあふれ、観客の声援が飛んでいますよね。最も閑散としているときと、最も盛り上がっているとき、両方の土俵を経験できるのはいちばん下の呼出さんだけだとあるとき気づいて、その視点で小説が書けるのではないかと思いました。

北方 「相撲」が書けるんじゃないかではなく、「小説」が書けるんじゃないかと思ったのがいいね。

鈴村 ありがとうございます。

北方 それは他の世界でも同じことなんだ。相撲だって素材にすぎない。サッカーだって素材にすぎない。小説が書けるかどうかが問題であって、その辺りをわかっていたことが勝因だろうね。

どこにも青春はある、
どこでも輝ける

北方 小説の書き方はどうやって勉強したんですか。

鈴村 まったく書き方がわかっていなくて、思いつくままに書いていきました。といっても書き上げるのにすごく時間がかかっていて、冒頭を書き始めたのは四年前、学生時代なんです。

北方 ずいぶん長かったね。

鈴村 はい。ただ、冒頭だけ四年前に書いて、ほとんどは、二〇二〇年の一月から書きはじめ、三月の新人応募締め切りに間に合わせたという感じです。

北方 四年の間に、何があったの?

鈴村 就職して、余裕がなくなってしまったんです。退職して時間ができたころに、なんとか続きを書き上げました。今はまた、新しい会社で働いていますが。

北方 書くのは楽しかった?

鈴村 はい。文章を書くのが面白いなと思ったきっかけがありまして、大学三年生くらいのときに、文章表現の講義を受けたんです。夏目漱石の『吾輩は猫である』のパロディを書く課題が出て、やってみたら、たかがパロディなんですが、納得のいく言葉を選んだり、文章を組み立てていく行為に夢中になってしまって。

北方 そこで地獄に足を踏み入れたのか。

鈴村 元々、小学生のころに物語を書いていたんですが、中・高と書かなくなり、大学生で再燃したという感じです。

北方 文章修業をどこかでしたわけではない?

鈴村 そうですね。何も。

北方 文章を読んだ限りにおいては、無駄なものはあまりないです。重複した描写ね。何で書いてる? パソコン?

鈴村 はい。

北方 パソコンで書く人は重複しやすい。同じような描写を三回くらいしちゃったりするんだけど、それがなかったです。それから文章が平明へいめいだった。これは大事なことです。難しく書いたってしょうがないからね。そういう点で、少し訓練した人なのかなと思った。

鈴村 ありがとうございます。

北方 あとね、文章も内容も奇をてらってないんだよ。相撲なんか扱うと、奇を衒ったことを書きそうなんだけど、どこにも青春はあるんだ、どこでも輝けるんだということが書いてある。普遍的な青春小説になっていると思いました。

鈴村 それがいちばん伝えたかったことなので。相撲を題材にした作品には、横綱や大関が出てきたり、強くなることを目指したりする話はけっこうあるんですけど、最初から最後までパッとしない小説はあまりないかなと(笑)。

北方 パッとしてたよ。新人の呼出がはい登ろう、はい登ろうとしている。はい登るっていうのは出世するというんではなくて、いい呼出になりたいと一生懸命稽古して、それを傍で見てくれている人がいて、途中、才能ありそうなやつが辞めちゃったりとかね。成長小説の形は青春小説にぴったりなんだけど、それがよく書けていた。あなたは非凡な感覚を持っている人ではないけれど、凡庸をひたすら積み重ねていると、別のものが出てくるというのが僕の考えです。才気でプッとつまみ出すものとは違う、重いものが出てくる。普遍性が出てくるんです。

鈴村 小説の書き方がわからなかったので、素直に書くしかないと思いました。

北方 無意識のうちにわかっていたと思うな。視点の狂いもなかったしね。視点は意識したほうがいい。プロの作家だって、時々、視点がブレるんですよ。
 それからこういう機会だから言っておくと、「小説の言葉」というものがあるんです。たとえば赤い花があるとする。これをどう表現するか。「美しい赤」と書くと誰にでも伝わる。「きれいな赤」と書くと作家の主観が少し入る。「いい赤」と書くと完全に主観。僕の考えでは、主観で「いい赤」と書いて、「いい」が成り立つように周りの描写をすると、これが小説の言葉になるんです。主観的な言葉に客観性を持たせるという、矛盾したものが小説の言葉なんだ。もちろん全く違う考え方の作家もいる。それだって正しい。自分の小説の言葉を見つけていくことが大切だと思います。

小説の登場人物は
すべて自分

北方 主人公の新人呼出は、最初、なんとなく呼出になったんだよね。

鈴村 はい。家出をしたいというのが最初にあるんですが、そこから成長していかないといけないだろうと思って、心を入れ替えていくにはどうしたらいいか。大きな失敗が必要なんじゃないかと、展開を考えていきました。

北方 呼出さんの追っかけをしている女性ファンが出てくるよね。ああいうのもあなたの体験?

鈴村 多いときは、年六場所のうち五場所くらい見に行っていましたが、私は追っかけはしていないです。ただ、ああいうファンの方は一部ですがいらっしゃいます。

北方 女性ファンが増えているよね。

鈴村 数年前からブームになっているんですが、「かわいい」という取り上げ方がけっこう多いです。力士の寝顔が愛らしいとか……。私は、相撲自体を見てほしいという気持ちが強くて。

北方 どういう相撲がタイプですか?

鈴村 真っ直ぐぶつかっていくような、正々堂々とした相撲です。私もそうありたいなと思います。

北方 若者を書いているけど、この小説には恋愛が色濃く出てないよね。恋愛を書く気はなかった? 主人公にも気になる子がいるけれど。

鈴村 くっつけたくなかったんです。主人公の篤と親しくなる亜実あみという女の子があまり好きではなかったので。

北方 そうか。でも僕の経験からいうと、小説で描いている人間ってぜんぶ自分なんだよ。亜実には自分の好きじゃない部分が出ているんだろうね。

鈴村 ああ、そうかもしれないです。

北方 表現というのは全部自分なの。自分というのは無限にあって、それが全部、小説の登場人物には反映される。男であろうが女であろうがね。表現するってすべて自己表現だろうと思っています。だから恋愛もこれから書くときがくるのかもしれないけど、今後、どういうものを書きたいと思っているの?

鈴村 今回は趣味の相撲の話を書いたんですけど、相撲のことしか書けない人と思われるのは嫌なので、相撲以外の話も書けたらいいなと。まだ、ぼんやりと思っているくらいなんですが。

北方 それ、正解かもしれない。相撲の小説を書いて賞をとったあなたは、今後、もっと相撲の専門的なこととか、細部を知ることになるはずだ。詳しく知ると詳しく書きたくなる。ゆえに書かないほうがいいんです。専門小説になってしまうから。素人が読んでわからないものになるとつまらないからね。もう次を書きはじめているの?

鈴村 構想を練っているだけでまだ何も。いまは『櫓太鼓』の出版に向けて、修正で精一杯でして……。

北方 わかった。それは頑張ってください。でもあなたはスタートラインに立ったけど、作家になったわけじゃない。新人賞って、スタートラインの一番前に立って、いちばんいい場所からスタートする権利を得ることなんだ。その利を活かして、次を書いていかなければいけない。今回の小説すばる新人賞には一二〇〇の応募があったんです。あなたはいま、一二〇〇という死体の上に立っているんだよ。みな一生懸命書いて、そのなかで生き残っているのはあなた一人。だけどこの世界は、死体がゾンビみたいに立ち上がることがある。あなたに先を越された人が、他の文学賞をとって、追い越していくことだってある。追い越す追い越されるなんて、時々の状況にすぎなくて、作家の本当の勝負は死ぬまでわからない。だからまず、二作目を書いてください。

自己否定から
いい小説は生まれる

北方 まだ緊張しているの?

鈴村 しています。

北方 大丈夫だよ。質問があれば聞いてください。頼りない先輩だけど、失礼なんて考えなくていいし、小説以外のこともぜんぶ小説につながっているから、どんなことだっていい。

鈴村 はい。受賞作を「小説すばる」に掲載いただいたんですが、何度も何度も読み返して、いまの自分に出せるすべてだと思って書いた文章なのに、改めて読み返すと、なんでこんな表現にしてしまったんだろうと落ち込む箇所がいくつもありました。出してしまったものに対して、どうやって気持ちに折り合いをつけたらいいんでしょうか。

北方 折り合いはつきません。僕はだいたい、書き終わって三時間は、傑作が書けたと思うの。で、その後、読み返すと、もう駄目。だからね、傑作を書こうと思ってはいけない。傑作なんて書けるわけないんだし、そもそも傑作は自分で決めるものでもない。なぜか人が決めてくれるものなんですよ。だから駄目な自分を自覚するのは、それでいいんだ。伸びしろがたくさんあるということ。自己否定からいい小説は生まれるんです。

鈴村 ありがとうございます。

北方 もう一つは、編集者と徹底的にやりあうこと。僕はデビューして十年くらい純文学をやっていたんだけど、語尾が「る」なのか、「た」なのかを、担当編集者とぶつけあった。最終的には原稿がボツになることもあって、これは自慢なんだけど、ボツ原稿を積み上げると背丈を超えちゃいます(笑)。全部手書きだからね。そのくらい書いていると、無駄なことを書かなくなるし、そのくらい併走してくれる編集者がいれば幸せな状態になる。だから、今後、ボツになったり、書いた原稿が本にならないことがあっても、無駄なことをしたと思わないほうがいい。続けているかぎり、無駄は、実は無駄じゃないから。他にどう?

鈴村 先ほど、相撲以外を書きたいと言ったのですが、自分の興味や関心が相撲と、あとは本くらいで、とても狭いという自覚があるので、相撲以外を書けるのだろうかという不安があります。

北方 どういう本を読んできたの?

鈴村 私が書く文章とはまったく違うんですが、川上弘美さんが好きです。あと、津村記久子さんとか、彩瀬まるさんとか。

北方 弘美ちゃんはいいよね。彼女の文章は言葉を削ってある。あの人は俳句が好きなんだよ。小説でも言葉を使いすぎないから、説明的でなくなるんだね。
 質問に答えると、興味の範囲が狭くても深ければ書けます。たとえば、途中で呼出を辞める青年が出てくるよね。あいつの人生を書けると思う。怪我で廃業しなければならなかった力士とかね。彼らは相撲で傷を負っている。それは普遍的な人生の傷で、小説になります。土俵のなかには人生が埋まっているんだよね。お相撲さんはお金が埋まっていると言うらしいけど(笑)、僕は人間の真実が埋まっていると思う。それは相撲取りの真実じゃなくて、人間の真実になり得るものだろうから、相撲から離れても書くことは無限にあると思うよ。

鈴村 勇気がわきました。もし、『櫓太鼓』が受賞できなくても、小説を書きつづけようと思っていました。その決意を忘れずに頑張りたいと思います。

北方 二作目、三作目には受賞したこととか、締め切りがあるとか、デビュー前にはなかった諸々が作用してくる。で、書き終わったとき、違う自分を自覚する。それがいい自分か、悪い自分かはわからない。わからないから新しい自分に絶えず出会って、書き続けていってください。今年(二〇二〇年)はコロナで開催されなかったけど、毎年、受賞パーティーや二次会には、小説すばる新人賞の先輩作家たちがたくさん集まるの。ライバルたちが集まって、その日だけは家族みたいに和気藹々わきあいあいとやって、またライバルに戻っていく。来年そこでお会いしましょう。

北方謙三

きたかた・けんぞう●作家。
1947年佐賀県生まれ。81年『弔鐘はるかなり』でデビュー。著書に『眠りなき夜』(吉川英治文学新人賞)『渇きの街』(日本推理作家協会賞)『破軍の星』(柴田錬三郎賞)『楊家将』(吉川英治文学賞)『水滸伝』(全19巻・司馬遼太郎賞)『独り群せず』(舟橋聖一文学賞)『楊令伝』(全15巻・毎日出版文化賞特別賞)。2016年「大水滸伝」シリーズ(全51巻)で菊池寛賞。18年5月より『チンギス紀』の刊行を開始。20年、旭日小綬章受章。

鈴村ふみ

すずむら・ふみ
1995年鳥取県生まれ。「櫓太鼓がきこえる」で第33回小説すばる新人賞を受賞。

櫓太鼓やぐらだいこがきこえる』

鈴村ふみ 著

2月26日発売

本体1,600円+税

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