[本を読む]
積み重ねてきたからこそ、
たどり着いた“その日”
前作『心がわり』から約七年。やっと狸穴の面々が帰ってきたぞ! いやあ待ちかねた。本当に待ちかねた。
かつて
というところから『恋かたみ』、『心がわり』、そして今回の『嫁ぐ日』と巻を重ねてきたわけだが、もしもまだ既刊をお読みでないなら、本稿よりもまず、ぜひ第一巻から順にお読みいただきたい。この四巻めの書評を書くに当たっては、前巻までの内容に触れざるを得ない。だがこのふたりの来し方は、何も知らずに「ふたりはどうなるの?」とどきどきしながら読む方が絶対いいから!
……ということで、ここから先は三巻めまでの展開を(大枠だけだが)明かすことになるのでご注意を。
このシリーズには大きな魅力がふたつある。ひとつは結寿と道三郎を中心とした人間模様の変化だ。
一巻で惹かれ合い、二巻で互いの気持ちを充分知りながらも別の道を選んだふたり。三巻では旗本の
それを受け、本書の第一話では狸穴に引っ越してきた小山田家の様子が綴られる。だが驚くのはこの先。幕間、と題された小編を挟み、一気に時間が飛ぶのである。ええっ、と思わず声が出た。
第二話「花の色は」では、前巻のラストで生まれた結寿の娘・
第一巻から読んでほしいという理由がこれだ。時が経つにつれての変化を味わう楽しみや驚きは格別である。特に結寿の身の上は実に波瀾万丈だから。
だが、ただ関係の変化を楽しむだけではない。ここに描かれているのは、時代小説だからこそ描ける人の思いだ。
想う人がいながら家が決めた相手に嫁ぎ、そこで妻としての務めを果たすことを当然と考える─これは現代小説ではなかなか描けない設定だ。だが思い通りにいかないことは現代にも普通にある。そういう時、何を受け入れ、何に抵抗するのか。どう自分と折り合いをつけ、どう前を向くのか。身分や家という現代にはない
本書で描かれる結寿の決意に、読者は喝采を送ることだろう。それはただ彼女が自分に正直になったというだけではなく、これまで出会った人や経てきた出来事が彼女の中に積み重なり、それが彼女を変えたことが読者にわかるからだ。
今は思い通りにならずとも、その時その時に正しいと信じた道を、信念を持ってきちんと進んできたのなら、結果はどうであれ人は強くなれる─現代にも通じるテーマである。
シリーズのもうひとつの魅力は捕物帳としての面白さだ。今回も事件が次々と起きる。香奈が
個々の事件も実にバラエティ豊か。本格ミステリばりのトリックがあったかと思えば、切ない悲恋の物語もある。ファンタジックな話もあれば、思わず目頭が熱くなる場面もある。
そしてひとつひとつの事件がその都度登場人物たちに成長や考え方の変化をもたらし、それが本シリーズのひとつめの魅力である人間模様の変化へとつながっていくのだ。出会いや経験が積み重なることで、人は変わる─捕物帳の側面もそのテーマへと
その変化のひとつの結果が『嫁ぐ日』である。誰が誰に嫁ぐのかはたっぷり想像していただくとして、このタイトルが意味する、格段に幸せな結末は決して読み逃してはならない。さあ、今からでも遅くないぞ、ぜひ第一巻からこの世界を味わっていただきたい。
大矢博子
おおや・ひろこ●書評家
『嫁ぐ日 狸穴あいあい坂』
諸田玲子 著
3月5日発売・単行本
本体1,700円+税
諸田玲子 著
「狸穴あいあい坂」シリーズ
好評発売中
火盗改方与力を務めた頑固者の祖父と麻布狸穴町に暮らす結寿。狸穴坂で出会った八丁堀同心の妻木とともに、界隈で起こる不思議な事件の謎を解き明かしていく。やがて恋仲になった二人だが、身分の違いから想いを胸に秘め、結寿は旗本の小山田家へ嫁ぐことに……。
『心がわり 狸穴あいあい坂』
諸田玲子 著
集英社文庫
本体560円+税
『恋かたみ 狸穴あいあい坂』
諸田玲子 著
集英社文庫
本体570円+税
『狸穴あいあい坂』
諸田玲子 著
集英社文庫
本体580円+税