[本を読む]
利害関係なく書かれた稀有な温泉案内
いや、参りました。これほど率直で、利害関係なく書かれた温泉本は見たことがない。うなずくことばかりだ。岡山の弁護士であられる小林センセイ、皆身銭を切って入った湯ばかり。だから極上湯にあたって喜ぶ姿も、ひどい目にあった悔しさも納得できる。
「循環湯や塩素殺菌の湯は温泉ではない」
その通り。「どこの誰が浸かったかわからない温泉を最大7日間もぐるぐる回して、その不衛生を塩素で消毒している。塩素を入れれば臭いもするし肌にも悪い」。主張はあまりにも真っ当だ。「そもそも循環風呂に美人の湯も美肌の湯もあり得ません」「循環湯の浴室に源泉の分析書を掲げても意味がない」ともある。
ところが温泉業界有力者の政治力か、わが国ではそれがまかり通っている。なかんずく掛け流し温泉まで塩素消毒を義務付けている県は宮城、栃木、長野、神奈川、奈良、鳥取、長崎、鹿児島など「掛け流し温泉」の宝庫。「掛け流し温泉でレジオネラ症が発症したことは一度もない」というのに。
私も高校生で那須の北温泉に行ってから、50年、温泉大好き。仕事先では自費で延泊、選ぶ宿はセンセイと同じ。鉄筋ビルでない、ひなびた、コスパの良い、掛け流しの宿。おお、大好きな
本物の秘湯を求めて、式根島からトカラ列島、登山も辞せず、時には熊に出会い、時には崖から落ちかける。その探求心に脱帽。「五大質素な温泉」とか「五大不思議温泉」とか可愛すぎやしませんか。温泉を紹介する純真なコメントの数々にも、好感が増すばかり。
早速、携えて、オススメの湯めぐりに行こう!
森まゆみ
もり・まゆみ●作家、編集者