[巻頭インタビュー]
本当におもしろいだろうかと、
絶えず考えています
沖縄の互助組織、
比嘉の目的は何なのか? 詐欺集団の全貌とは?
「黒豆コンビ」、「ブンと総長」など、初期警察小説から三十余年、黒川博行さんの新たな正統警察捜査小説シリーズが幕を開けます。刊行にあたり、お話を伺いました。
聞き手・構成=タカザワケンジ/撮影=HAL KUZUYA
イケメンと通風持ちの
凸凹コンビ
─ 久々の警察小説ですね。大阪府警の若手刑事、新垣と上坂が事件を追います。
今回は正統派の警察小説です。
─ 上坂は、二〇一三年に刊行された警察小説『落英』でも主人公のパートナーとして登場しました。今作『桃源』では、『落英』の後に、上坂が本部の薬物対策課から所轄の捜査二課に異動して、新垣という新しい相棒と組んでいます。再び上坂を書こうと思われたのはなぜでしょうか。
『落英』を書いたときに、上坂いうのがかわいいと言われて、それやったらもう一回出そうかなと思って。
─ 新垣はなかなかのイケメンで彼女が二人。一方、上坂は三十代の若さで痛風持ち。シナリオライター志望で映画狂です。女性にはまったく縁がありません。二人が所属する捜査二課は経済事件を扱う部署ですね。なぜ二課を?
殺人を扱う一課や、暴力団がらみの捜査をする四課はもう飽きたというか、いっぱい書いたから。ほんなら今回は二課ぐらいにしようかと。
─ 大阪の沖縄出身者のコミュニティで、「模合(沖縄の
沖縄で現地取材して、模合の話はわりに詳しく聞いたんです。
─ そこから話がどんどん転がっていきますね。
そうそう。模合のお金の持ち逃げだけでは、こんな長丁場はもちません。
─ 「小説すばる」で連載されていましたが、連載当初からほかの事件を絡めようと考えていたんでしょうか。
プロットを考えるのは第一回ぐらいですよ。二回目以降は何も考えていません。ハードボイルド系の作家はそんなひとが多いと思いますよ。プロットを最後まで考えてるひとはおらんのちがうかな。
─ 最初から全体のストーリーを決めているわけじゃないんですね。
ここはこうしたほうがいいかなというのをその都度考えていくから、考えている時間はものすごく長いですよ。こっちのほうがおもしろいかなと転がしていくいうのは長い思考の結果ですから。
─ こっちに行ける、こっちにも行ける……と。
いっぱいあります。そう、あみだくじみたいに。道だらけやけど、書くときは一つしか選べんので、その選択に悩みます。
小説を書くのはほんまにつらい
─ 上坂は食いしん坊で、美味しいお店をたくさん知っています。二人が何を食べるのかがだんだん楽しみになってきます。黒川さんの小説には、いつも主人公が何を食べるかがちゃんと書かれていますね。
食わしていると便利です。時間配分で飯食わすんですけどね。昼間からけんかするわけにいかんし、逮捕するのやったら、朝方に自宅を急襲したいとか、時間的な制約がいろいろあって、そこにつなぐためですね。この辺でちょっと眠らそうかなとか。
─ 読者としても、じゃあ、この辺で飯にしようとなると、ちょっと休憩という感じになります。新垣と上坂の日常が描かれているので、一緒に事件を追って、意外な事実を発見できた歓びとか、周到に準備したのに逃げられる悔しさを味わえます。
そういう意味でのリアリティはあると思います。せやから、これは無理というか、偶然はほとんどないはずです。すべて必然ですね。
─ こうしたらこうなるんじゃないかと主人公たちは考えて行動します。でもそうならない。だから、作者としては、その両面を考えなきゃいけないということですよね。
こういったらこうなるに違いない、というのをはぐらかすの、僕、好きでね。余計なわき道に必ず一回はそらせるようにしています。
─ 会話自体が途中でそれたりして、「この暑いのに、しゃべらせておいたらキリがない」のようにツッコミが入ったりするのもおもしろい。とくに上坂はいくらでも話し続けますよね。会話部分は作者として書いていて楽しいものなんですか。
楽しくない(笑)。
─ 意外です。読者は楽しいので。
小説書いて楽しいと思ったこと一回もないですよ。ほんまにつらい。つらいです。上坂がしゃべっていることを一生懸命考えるんですよ。これは本当に読者にとっておもしろいのかなというのを絶えず
毎年、百五十本から二百本見る
映画好き
─ 失恋エピソードも、いいタイミングで入ってくるんですよね。それが読んでいるこちらの生理に合っているというか。映画についてはどうですか。上坂がシナリオライター志望の映画狂ということで、映画のタイトルがたくさん出てきます。
映画好きなんですよ。毎年、百五十から二百本ぐらい見ますから。
─ 最近おもしろかった映画はありますか?
今年はちょっと不作ですね。おもしろいなと思ったのはリーアム・ニーソン主演の『スノー・ロワイヤル』ぐらいかな。コメディですけど。シナリオがようできてる。
─ 『桃源』に出てくる映画もいい映画ばっかりというか、厳選されていますよね。
僕の好きな映画です。自分が映画マニア。フェチというほどでもないけど、映画好きでいっぱい見ているから、それを小説に落とし込むことができるというのは楽しいです。僕はこれはこんなふうにおもしろいと思っている、あなたはどうですかという問いかけもできますから。こんなんおもしろないわと思う読者、いっぱいいるでしょうね。映画は好みですから。せやから、寅さんは出てきません。
─ 寅さんは出てきませんが、森繁久彌の社長シリーズは出てきますね。
社長シリーズはいい映画やと思てます。ドライなんです。ウェットなコメディいうのは好きやないんです。僕のお薦めは『殺したい女』とか『逆噴射家族』です。
─ 上坂は映画の話をしょっちゅうしてますけど、『桃源』の会話のテンポのよさも、アメリカ映画のバディものを彷彿とさせますね。
バディものの映画は大好きですね、アメリカン・ハードボイルドの。
─ 思い入れがある映画はありますか。
何やろ。『桃源』に出てくる映画はみんな好きですよ。パッと思いつくバディものでは『48時間』とか『16ブロック』なんかおもしろかった。ようできてました。
─ ちょっと変則的なバディもの。『16 ブロック』は刑事と囚人でしたね。限られたシチュエーションの中で会話とアクションだけで見せていく。
ハリウッド映画って台詞だけの監修者がいるでしょう。ここでこんなしゃれた台詞を言わすんか、と思う、よう考えられている台詞がいっぱいあります。それを頭の中にとめておいて、後でアレンジして使ったりもします。
─ それぐらい台詞を練らないとちゃんとおもしろいものにならないということなんですね。
せやから書くのが遅いんです。パソコンの前でぶつぶつぶつぶつしゃべりながら書いてますから。
─ ご自身で口にしてみるんですか。
しますよ。一人落語みたいなことをずっとやってます。
─ 関西弁独特のリズムが感じられるのですが、字面だけで読ませるのは難しいですよね。
大阪弁を読者に意識させるのは確かに難しい。それを伝えるのはやりとりしかないんですね。台詞のやりとりで、このふたりがこういうふうなしゃべり方をしているに違いないと思わせんといかん。せやから一人の台詞だけではだめです。おちょくった言い方しているなとか、怒りながら言うてるなとかいうのも、やりとりでわからせるようにせんといかんので、それも簡単ではないですね。
容疑者は知能犯。
平気で人を騙す人たち
─ 石垣島や宮古島が登場しますが、取材に行かれたんですか。
今回足を運んだのは、沖縄本島と宮古島だけですね。それも後取材でね。石垣やら宮古はなんべんか行っていますから。
─ もともと沖縄はお好きなんですか。
嫌いではないですね。僕、旅行いうのが嫌いなんであまりあちこち行かないんですけど、沖縄は十回ぐらい行ったかな。
─ 沖縄に対する思い入れがあるのかな、と。
それはないです。ただなんべんも行っているから、大体こんなんやなというのが書きやすいですね。
─ 物語は模合の横領から始まって、やがて沈没船詐欺という大きな事件が絡んできます。
もちませんからね、模合だけでは。自分で何か探していかんと。どういう犯罪がいいかなと一生懸命考えて、そういえば沈没船の話を前に読んだな、とふっと思い出してね。そこから膨らませていきました。
─ 容疑者は詐欺師たち。平気で人を騙す人たち、知能犯です。名前や身分を偽って、
だから詐欺以外の事件を絡ませるのがちょっと難しかったですね。詐欺師はプロやから。でも、メインになる大きな謎が一つ必要。そんなら一緒に逃げたはずの人間が行方不明になっていることをメインにしようかな、と途中で考えて。
─ 行方不明になっているけど、生きているのか死んでいるのかもわからないわけで。
著者本人が知らんのです。本人が知らないから読者がわかるわけないし、それは読者はおもしろいと思うでしょ。
むだ足はいっぱい
踏ませるようにしています
─ 警察小説ならではというか、警察組織の中での新垣と上坂の立場も書かれていますね。宇佐美という、指示だけ飛ばしていて、明らかに手柄を横取りしようとしている上司がいる。これはサラリーマンやったことある人なら、みんな心当たりがありそうです(笑)。
まさにね。でも、警察小説は一般的に、チームワークで真っ当な捜査をしている小説が多いですけど、僕のはちょっと外れていると思います。でも、捜査手法というか、捜査そのものはものすごいシステマチックにやってます。
─ 細かい書類仕事や、令状をどういう手順で取るかとか。
今の刑事って、書類仕事が半分以上ですから。
─ リアリティがあります。リアリティといえば、沈没船詐欺で使う陶器の破片の入手法や、それがキロあたりいくらかみたいなことが書かれてるのもすごいな、と。
自分の得意なところに引っ張っていくんですよ。自分はこれは知っているから、書くのはラクやなと。長いことやっていたらいろんなことに詳しくなるもんなんですよ。沈没船詐欺を一つ入れるとね、原稿用紙で二百枚ぐらい書けるんですよ。
─ 職業小説家の経済学というか、計算しながら書いていらっしゃるんですね。
最終的にだいたい八百枚くらいになるだろうと思っているから、書いていく途中でいろいろ考えますね。起承転結ではせいぜい四百枚が限度ですから、起承転転結ぐらいに持っていかんとね。何かもうワンエピソード、あるいはツーエピソードぐらい入れんともたんなというのがわかりますから、そのワンエピソード、ツーエピソードを探すために人物表をもう一回見直したりします。これで五十枚ぐらい書こうかというふうな段取りをするんですけどね。「小説すばる」に二年連載していましたから、二年間考える時間ありました。そういう意味で連載はいいですね。
─ 久々の警察小説はどうでしたか?
警察小説は必ず事件があって、そこから派生する事件が起こりますから。そういう意味ではラクですね。
─ 職業だから事件を捜査することに理由は必要ないということですね。むしろむだ足だったりするほうが日常が描ける。
そうです。リアリティあるしね。むだ足はいっぱい踏ませるようにしています。むだ足ばっかりやったら小説にならんけど。
─ むだ足もまたおもしろい。むだ足をいとわない二人は勤勉ですよね。
勤勉ですよ。まじめな刑事です。ぶつぶつ言いながら、決して電話一本では済ませない。現地へ足を運びますから。優秀な刑事ですよ。
─ お話を伺って、新垣と上坂の仕事への向き合い方が、小説を書いている黒川さんの姿勢と重なるように感じました。新シリーズ開始ということで、今後の二人の活躍が楽しみです。
新垣みたいなモテゾウあんまり好きやないけどね(笑)。これからまたどうしたらおもしろくなるか、いろいろ考えてます。
黒川博行
くろかわ・ひろゆき●作家。
1949年愛媛県生まれ。京都市立芸術大学美術学部彫刻科卒業。高校の美術教師をへて、1983年『二度のお別れ』が第1回サントリーミステリー大賞佳作に選ばれ、翌年同作で小説家デビュー。著書に『キャッツアイころがった』(サントリーミステリー大賞)「カウント・プラン」(日本推理作家協会賞)『疫病神』『悪果』『破門』(直木賞)『雨に殺せば』『後妻業』『喧嘩』『果鋭』等多数。