[本を読む]
傷を優しさに変えて
五人のゲイが依頼人の人生を変える、ネットフリックスのリアリティ・ショー『クィア・アイ』。その出演者のひとり、タン・フランスには悩みを聞いてもらって「大丈夫、あなたは美しい」って言ってもらいたくなる何かがある。来日したタンのイベントでもそう言った人がたくさんいたそうだ。それは彼がこれまで依頼人たちを否定することなく、自分の意見を押し付けることなく、その人の美しいところを見つけるという方法で接してきたからだろう。
「タンはどうやってこんなに美しい精神を身につけたのかな?」と興味津々だった私はこの本を読みすすめ、そこで自分の勘違いに気がついた。
私はこれまで、傷や悩みを「乗り越えきった」人が、誰かに何かを教えたり癒しを与えたりするものだと思っていた。タンもそうだと思っていた。でも実際は「乗り越えながら、今も傷つき葛藤している最中」である人たちが他者を癒していたのだ。
タンがこれまで抱えてきた傷。人種差別や同性愛差別といった心に深い影を落とす出来事と対峙し続けたタン。読んでいて心が痛み、当時の小さなタンをぎゅっと抱きしめたくなった。
作中にこんな言葉がある。「僕らは番組で、ヒーロー(依頼人)たちがほんとうの自分を取り戻すよう応援する。『君らしくていいんだよ!』~中略~こんなセリフで人を励ましている本人が、自分らしさについて悩んでいるなんて、ひどい偽善者だなあと思った。番組で人を励ます立場になるまで、僕だって悩み、苦しんできた」。ここから、人は人と励まし合うことで傷を乗り越えていくことができるということがわかる。頭の中で「差別には屈しない」と意思を持ったら今度は行動する番。人と励まし合えた時にその意思は自分のものになる。タンも悩みの中にいて、葛藤しながらあの魅力を獲得したんだ。今自分が悩み傷ついていることを肯定して良いんだ。
タンは自分の大好きな芸能やファッションに熱中することで救われてもいた。好きなことが人を救うってのは本当だなといつも思う。人には心休ませ、心躍らせる聖域が必要だから。そしてこの本は私にとっての聖域の一つになると思う。
犬山紙子
いぬやま・かみこ●エッセイスト