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インタビュー/本文を読む

逢坂 剛「百舌(もず)シリーズ」完結!
『百舌落とし』

[インタビュー]

殺し屋「百舌」とは何だったのか。
─新刊とシリーズ全体を振り返る
聞き手・構成 西上心太

元民政党の議員、茂田井(もたい)滋が殺された。両目のまぶたを縫い合わされた状態で。千枚通しでやられたことから、百舌がらみの事件と見て、探偵となった元警視庁の大杉、彼の娘で現役警官のめぐみ、公共安全局に出向している倉木美希はそれぞれ独自に捜査を始める。次々に百舌の手にかかる関係者たち。殺し屋百舌の目的は何か? 真の黒幕は誰なのか? 大杉と美希の関係のゆくえは?
このたび刊行される『百舌落とし』で、「百舌シリーズ」が完結を迎えます。刊行にあたり、逢坂剛さんのインタビューをお届けします。インタビュアーは文芸評論家の西上心太さんです。
シリーズ第一弾『百舌の叫ぶ夜』が刊行されたのは一九八六年でした。以来、三十年以上にわたり書き継がれ、二〇一四年には映像化が実現、シリーズ累計二百四十万部を突破した伝説のシリーズの魅力と変遷、そして、新刊と完結に込めた思いをお聞きしました。

聞き手・構成=西上心太/撮影=小池 守

乱歩賞作家だったかも!?

─ 長年書き継がれてきた百舌シリーズもこの『百舌落とし』でひとまず「完結」という運びになりました。シリーズ全体を振り返りながらお話を進めて行きたいと思います。

 こんなに続ける予定はなかったんだけどね。いったい何作書いたの。

─ 七作ですね。エピソード0的な『裏切りの日日』を入れると八作品になります。
このシリーズはさまざまな特徴がありますが、第一は公安警察を描いたことでしょう。

 そうそう、いまになって思えばではあるけれど、それが一番自慢できることです。公安部門のことを書いた人はたぶん誰もいなかったからね。それができたのも神保町にいたからなんだ。公安関係の資料がここ(神保町)の古書店によく出てくるんです。もちろんある程度興味を持って探さないとだめだけれど。そういう資料を読むと、警察もけっこう悪いことをやっている、それを小説にすると面白いだろうと思ってね。古書店はもちろん、警察関連の本を出版している小川町の立花書房に行ったりもしました。当時、桜田門の警視庁本庁舎が新築中で、内幸(うちさいわい)町に仮庁舎があったんだけど、その庁内にあった書店にも行ったね。出入り自由だったのかな。

─ 『裏切りの日日』は警察小説でありながら、ディクスン・カーみたいな不可能趣味に彩られたトリックも用意されてました。

 ダシール・ハメットなどのハードボイルドに出合う以前から本格ミステリーは大好きでずいぶん読んでいたし、ハードボイルドと本格物の融合を果たそうという意気込みがあったんだね。トリックも一所懸命考えたんだけど、もう誰かが使っているんじゃないかという危惧がありましたが、詳しい人に聞いたら前例は見当たらないというのでほっとしました。この作品は初めて刊行された長編ですが、実はこれで江戸川乱歩賞に応募しようと思っていたんですよ。だけど担当編集者から、選考委員の顔ぶれとか、本格物全盛の時代趨勢に鑑みて、応募しても無駄だと言われてね。そうかなあと思いましたが、当時はまだ博報堂にいたし、本格的に作家になろうと思っていたわけでもなかったから、本にしてくれるなら応募しなくてもいいやということになったんだ。長井彬(あきら)さんが受賞した年でしたが、応募して受賞していたらいまどうなっていたかね(笑)。

シリーズにしよう
という意識はなかった

─ 『裏切りの日日』がエピソード0という扱いなのは、狂言回し的な役割だった津城(つき)俊輔という特別監察官が『百舌の叫ぶ夜』以降、主人公の倉木の同志として登場するからですね。

 津城は博報堂の先輩をモデルにしました。外見はそのまま借りて。内面は津城みたいに何を考えているのかわからないような人ではなかったけれど、ウィットがあっていい方でした。『裏切りの日日』で書き切れなかったことを新たに『百舌の叫ぶ夜』で書いたんだけど、この時もシリーズにしようという意識はなかった。でもまあ続編くらいはと思って『幻の翼』を書きましたが、結局七本も書くことになろうとは夢にも考えておりませんでした。内容的にはこの作品こそ、「よみがえる百舌」というタイトルがふさわしいのだが、担当のY編集者がロバート・シルヴァーバーグの『夜の翼』という作品にのめり込んでいて、タイトルにどうしても「翼」を入れたいと頑張った、という記憶があります。

─ 『百舌の叫ぶ夜』は特にそうですが、初期のシリーズはトリッキーな仕掛けが目立ちますね。この作品で初めて第95回の直木賞候補となり、『カディスの赤い星』で第96回直木賞を受賞しています。言ってみれば『百舌〜』は作家・逢坂剛のジャンピングボードになった作品といって過言ではないでしょう。このシリーズは順番に読んだ方がいいですね。

 そうなんだけど、書いた期間も長年にわたっているから、読者も前のことを忘れちゃうよね。

─ 三作目の『砕かれた鍵』は百舌に代わってペガサスという謎の殺し屋が登場します。大杉は警察を辞めて調査会社を設立。明星美希は倉木と結婚して子供が生まれたという設定になっています。池上冬樹氏は『よみがえる百舌』の解説で、「強烈なエロティシズム」をシリーズの魅力の一つに挙げていますが、『砕かれた鍵』と五作目の『鵟(のすり)の巣』は特にそれが顕著ですね。

『砕かれた鍵』は冒頭からSMシーンだったね。よく書いたよなあ。

─ 『鵟の巣』の洲走(すばしり)かりほは珍しく、ストレートな悪役でした。

 自分で言うのもなんだけど、あれはいい女だったなあ。最後は予定通りなんだけど、もったいなかったね。

キャラクターとの距離の取り方

─ シリーズ第二の特徴はとにかく主人公たちが過酷な目に遭わされることですね。一作目ではいきなり倉木の妻が爆弾によって亡くなります。倉木や大杉、美希たちも、銃で撃たれる、刃物で刺される、監禁されて拷問を受ける、レイプされる、など毎回ひどい目に。しかもそのあげくに……。作家はあまりキャラクターに寄り添いすぎたり、大事にしすぎたりしてはいけないと、逢坂さんがお話しになったことがありました。たしかトマス・ハリスの『ハンニバル』が出たころだったでしょうか、ハリスはレクター博士に入れ込みすぎたんじゃないかと。

 茶話会みたいな集まりでだったね。飲んだのはビールだったけど。キャラクターをあんまり説明し過ぎちゃだめなんですよ。倉木だって内面を書いていないから、何を考えているのかわからない。禿鷹(はげたか)シリーズの禿富(とくとみ)もそうです。このあたりはハメットから強い影響を受けてます。レクター博士を発明したハリスは偉かったんだけれど、あのキャラクターがあまりにも凄すぎて人気が出たこともあって、四作目の『ハンニバル・ライジング』では過去が舞台になって、若いころの彼を描いてしまったんだよなあ。妹が、ナチスに酷い目に遭わされたのが、トラウマになってる、とかね。
 性格が歪んだりした理由を書いちゃうと、なにかつまらなくなるという思いがあります。わけもなく怖い、わけもなく殺戮(さつりく)をくり返すというところに面白さが出てくるんじゃないか。何かそんなような話をした覚えがありますね。

─ キャラクターに容赦がないというのは大好きだというハドリー・チェイスの影響もあるのでは。チェイスは悪女に魅入られて破滅する主人公や、完全犯罪が破綻していく過程を描く物語が印象的ですから。

 それはありますね。特に悪党を書く時に、とにかくただの悪党にはしない。それからみじめに死んでいくというパターンね。まあパターンというほどわたしもたくさん書いてはいないけど。

─ 三作目の『砕かれた鍵』では倉木と美希の間に生まれた子供と、美希の母親が爆弾で亡くなり、津城が瀕死の重傷を負い、倉木が「退場」することになってとりあえず三部作完結という感じがあります。

 シリーズ物は三作っていう思いがあるんですよ。三つまでは書く方も読む方も緊張感をもって挑める。三巻目に最大のパワーを込めて、最後に大事な人物がむにゃむにゃ……、となって終わると。
 だけど読者や編集者の要望ももだしがたく、書き続けることになるわけです。それまでの蓄積や経験や技術で、書こうと思えば書ける。大沢在昌さんの『新宿鮫』なんか十作超えているけど、書き手もパワーを失わずに書き続けられるのはやっぱりプロの技なんだね。もちろんちゃんとついてきてくれる読者がいてこそだけど。読者の要望に応えながら自分もパワーを溜めていく。そのエネルギーがないと続けられませんね。そういう意味では西村京太郎さんや赤川次郎さんは凄いよね。

─ 倉木が退場して初めての作品が四作目の『よみがえる百舌』でした。最初の二つの事件の関係者が次々と殺されていきます。殺人方法が「百舌」と同じで、現場に百舌の羽が残されているという。これも人物に関するあるトリックが使われていて感心しました。

 最後は九州の島が舞台になるけど、まだ博報堂にいたころで、九州に出張した際に暇を作って長崎の鷹島(たかしま)という島に行ったんです。ここは元寇の際にモンゴル軍が襲来した島で、モンゴル村という施設があって、パオが設置されていました。これは、と思ってクライマックスで使ったんです。島の名は鷲の島と変えましたけど。
 これは珍しい例でして、ほとんど取材旅行はしませんね。時代小説で北海道に行ったのと、いま連載中の作品でドイツのハンブルクには行きましたが。別の連載小説は中山道(なかせんどう)が舞台となる時代小説ですが、現地には行ってません。膨大な資料を買い込んで、それを読んで頭の中で膨らませて書いています。想像を働かせながら資料だけで書くというのは、また楽しくもあるんですね。それで現地の人が読んで「本当に来たのかな?」と思ったりしてくれればもう御の字なんです。

─ この作品でも敵味方両方の重要人物が退場します。ちなみにモンゴル村は三年くらい前から「閉村」らしいですが、日中は中に入れるみたいです。

後期百舌シリーズの展開

─ この四作が第一部というくくりになるでしょうか。さらに六年後に出たのが『鵟の巣』で、洲走かりほに妹がいることが記されるエピローグがあって、期待を持たせられますが、次の『墓標なき街』が出るまで実に長い時間がかかります。

 十三年も空いていたのか。

─ 二〇一四年に西島秀俊主演で百舌シリーズがテレビドラマ化されて大評判を呼びました。シーズン1の原作が『百舌の叫ぶ夜』で全十話、シーズン2が『幻の翼』で全五話。これで百舌シリーズが再び脚光を浴びて、最初の三作が百万部を超すという凄いことになりました。シリーズの新作を書けとせっつかれたであろうことは容易に想像できます。

 その通りでね。『墓標なき街』はなんとかモチベーションをかき立てて書いたんです。何度も言ってますが小説はキャラクターなんですよ。登場人物のキャラクターがしっかり固まれば、小説は70%できたようなものです。『鵟の巣』の洲走かりほね、あのキャラクターを考えて、それを活字にしたことで一つのテーマがクリアされたと思ってました。それで『墓標なき街』では多少苦し紛れだけれど、かりほの妹を出したんだ。

─ この時になって見れば『鵟の巣』のエピローグは絶妙でしたね。続きが書けそうな材料を残しておいて。
 ところで『墓標なき街』では大杉の娘のめぐみが二十八歳の警察官として登場します。『墓標なき街』の解説で大矢博子氏は「本シリーズは〈終わらない問題に立ち向かう姿〉を描いている」と指摘しています。警察権力を恣意的に操ろうとする巨悪との戦いは、ひとりを倒しても同じことを考える権力者が現れる。それと対抗するには、倉木や津城など退場した人物を継ぐ者が必要であると。新聞記者の残間やめぐみが「継ぐ者」なんでしょうね。

「百舌」は諸悪の象徴みたいなものなんだね。だからどこかでシリーズが終わっても、また「百舌」は現れる、そういう含みで書いてきたんです。
 めぐみにはすごく思い入れがあるんです。さっきの発言とは矛盾しますけれど(笑)。めぐみは中学生のころ父親に反発してグレていたんだね。『百舌の叫ぶ夜』に、万引きで捕まって父親と向かい合う場面がありまして、それがきっかけで父親と少し心が通い合うようになる。あのシーンを読み返すといつも泣けてくるんだ。それがずっと頭にあったのでいずれ登場させようと思っていました。

─ 事件の背景にあるテーマも特定秘密保護法や集団的自衛権、そして最新刊となる『百舌落とし』では武器輸出三原則を骨抜きにしたような防衛装備移転三原則と、兵器開発に転用できる研究など、フィクションの世界にとどまらないリアルな問題が横たわるようになりましたね。

 それは世の中がそういう風になってきているからだね。小説に政治的メッセージや主張を込めるのは嫌だけど、世の中の動きはきちんとつかんでおかないといけないから。

─ 『墓標なき街』と『百舌落とし』の二作は、やはりお好きだという江戸川乱歩の「少年探偵団」やモーリス・ルブランのルパン物の味わいがありますね。

 そうなんですよ。意外な犯人という仕掛けに、怪屋敷とか、先祖返りしたような趣向を加えてみました。

大杉はわが分身

─ 『百舌の叫ぶ夜』が一九八六年ですから三十三年という期間にわたっていますと、環境やアイテムの進化が激しくてご苦労があるでしょう。

 やはり最も大きいのは携帯電話の普及だね。最初は電話に出られない、連絡がつかないというのがサスペンスにつながったりしてました。『よみがえる百舌』が一九九六年で、その時初めて携帯電話を登場させました。

─ 昔の逢坂作品はやたらと煙草を吸うシーンが多かったのですが、大杉もいつの間にか禁煙しちゃいましたね。

 そうなんだよ。わたしがおそらく九四、五年ごろに止めてるから、大杉にも吸わせなくなっちゃったんだ。大杉に限らず、煙草を吸うシーンを書かなくなっちゃったなあ。

─ このシリーズは本質的にシリアスタッチなんですが、だんだんと自由闊達な筆致になってますね。中年になった大杉と美希の多少狎(な)れたような会話もいいし。それと『百舌落とし』ではとんかつ談議が炸裂してます。とんかつは逢坂さんの好物ですね。

『墓標なき街』でちらっと実在のとんかつ屋に言及したんだ。実際に関西から本を持ってお店に来た読者もいたらしい。本筋に関係ないところは全部実名で書くようにしていますから。

─ 聖地巡りの楽しみもあるわけですね。最後に一言お願いします。

 大杉はいまだに「看護婦」さんとか「婦人警官」と言ってしまうような人間で、ほとんどわたしの分身なんですね。その大杉の活躍とともにシリーズは「完結」しましたが、大杉の助手の村瀬や、娘のめぐみがまだそれほどの活躍を見せていないので、別の形でお目にかかれる機会があるかもしれません。ともあれ三十年以上にわたって書き続けた百舌シリーズの最終巻をお楽しみください。

逢坂 剛

おうさか・ごう●作家。
1943年東京生まれ。80年『暗殺者グラナダに死す』で第19回オール讀物推理小説新人賞を受賞。著書に『カディスの赤い星』(直木賞、日本冒険小説協会大賞、推理作家協会賞)『平蔵狩り』(吉川英治文学賞)「岡坂神策シリーズ」「御茶ノ水警察シリーズ」「重蔵始末シリーズ」「イベリア・シリーズ」「禿鷹シリーズ」等多数。

西上心太

にしがみ・しんた●文芸評論家、書評家。
1957年東京生まれ。早稲田大学在学中はワセダミステリクラブに在籍。現在、日本推理作家協会の常任理事、同協会賞短編部門の予選委員を務める。

『百舌落とし』

【逢坂 剛 著】

8月26日発売・単行本

本体2,000円+税

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