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今月のエッセイ/本文を読む

榊 淳司 『限界のタワーマンション』

[今月のエッセイ]

それでも「タワーマンション」に住みますか?

「まるでリゾートホテルだな」
 十数年前、湾岸タワーマンションの計画案を見せられた時の最初の感想だ。25メートルプールやサウナ、24時間スーパーまである。ハワイのリゾートホテルみたいに思えたのだ。毎日あんなところで暮らせれば、それこそ日常がパラダイスになる。どんな人が住むのだろう、と考えていたら、知人が買った。
 ある日、招かれて彼の暮らす住戸を見せてもらった。いちばん驚いたのは、部屋からの眺め。東京の街をかなり遠方まで見渡せる素晴らしい眺望だった。
「これはX千万円の価値があるな」と感じたのを思い出す。
 ちょうど「失われた15年」なんて言われていた頃である。今から思えば、あの頃がマンション市場は底だった。
 ところがその後、市場の空気が一変した。不動産市場には資源バブルで潤沢な資金を得た海外からのファンドが流入し始めたのだ。マンションを始め、不動産の価格が目に見えて上昇し始めた。
 知り合いが購入した湾岸のタワーマンションも、新築時よりも軽く1・3倍くらいには値上がりしていた。
「今売ればZ百万円は儲かる」
 嬉々としてそう話す知り合いを、複雑な心もちで眺めていたのを思い出す。
 数年後、リーマンショックが日本を襲った。マンション価格の高騰は収まり、なだらかな下落が始まった。しかし、そのタワマンの中古価格が新築時を下回ることはなかった。彼はいい買い物をしたのだ。
 その後、私はマンションについて語る住宅ジャーナリストとなり、「資産価値レポート」というものを作り始めた。東京23区や川崎市等で販売されている新築マンションを現地調査し、一物件ずつの資産価値についてレポートにまとめるのである。湾岸エリアにも多くのタワマンが供給されていた。そして徐々にではあるが、価格が再び上がり始めた。彼の住まいの周辺にも新たなタワマンが次々竣工していった。
 数年前、彼の住戸を再び訪ねる機会があった。そこで驚いたのは、窓の外の風景がガラリと変わっていたことだ。以前はなかったタワマンが窓の外に林立していた。それらはほとんど、私が現地調査してレポートを作成していた物件だった。だからある程度予想はできたとはいえ、その住戸の眺望にそこまで大きく影響しているとは想像できなかった。
「だいぶ景色が変わりましたね」
 そう言うと、彼は苦虫を嚙み潰したような顔で頷いた。
 タワマンというものは、内側から外の風景を眺めている分には爽快だ。しかし、外から見ると、さほど愉快になれない。
 レポートを書くためにタワマンを見に行く機会は多い。10年ほど前、あるデベロッパーは黒いガラスウォールを外装に採用したタワマンを盛んに建設していたのだが、近くから黒光りしているタワマンを見上げると相当な圧迫感である。
「これは街の造形物としていかがなものだろうか……」
 そう思うようになった。ただ、私以外の人間でそういう受け取り方をしている人は少ないようだった。
「タワーマンションは作れば売れる」
 これはマンション業界の定説である。多くの場合、供給側は「儲かるから」という理由でタワマンを作っている。中には、「なぜこんな場所に」と叫びたくなる立地のタワマンまである。
 しかし、日本人の多くはタワマンが大好きだ。どこであっても「作れば売れる」というセオリーは概(おおむ)ね正しい。だから、どんどん作られている。今後も増えるだろう。
 しかし、それで本当によいのだろうか。そう思って調べ始めると、いろいろなことが分かってきた。
 ほとんどのヨーロッパ人は高層階で子育てをしない。なぜなのか。きっと子どもの発育によろしくないのだろう。
 また、あるプロの家庭教師はその経験から、「タワマンの上層階に住む子どもは成績が伸びにくい」と主張している。
 さらに、タワマンの上層階に住み始めたが体調が悪くなってすぐに引っ越した、というケースも少なくない。
 2年ほど前、『砂の塔~知りすぎた隣人』というテレビドラマが放映された。上層階に暮らすセレブ住人が低層階の住人をあからさまにマウンティングする様子が描かれていた。親の感覚は子に伝わる。上層階に住む小学生が低層階に住む同級生をバカにするケースも実際に見られるそうだ。
 現状、タワマンに住むことは一種のステイタスのように思われている。しかし、この感覚に国際的な普遍性はない。イギリスでは「高層住宅=低所得者向け」というのが常識的な感覚だという。
 日本では、なぜこのような住形態に暮らすことが好まれるのだろう。我々はそろそろ無邪気にタワマンを喜んでいる感覚を卒業すべきだと思う。ただ窓からの眺めがいいとか豪華な共用施設を使えるというだけで、危険な何かを見逃しているのではないか。そう考えながら『限界のタワーマンション』の原稿を書き終えた。

榊 淳司

さかき・あつし
住宅ジャーナリスト。1962年京都府生まれ。1980年代後半から30年以上、マンションの広告・販売戦略立案に携わり、住宅事情に精通。著書に『マンション格差』『マンションは日本人を幸せにするか』等。

【榊 淳司 著】

『限界のタワーマンション』

集英社新書

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本体800円+税

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