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ヒオカ『人生は生い立ちが8割 見えない貧困は連鎖する』(集英社新書)を西村 章さんが読む

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現代の貧困問題を考える際、有効な
新しい角度を与えてくれる一冊

 実は自分が育った環境は今でいうDVの貧困家庭だった。高校時代には父親が勝手に新聞奨学生の契約を結んできて、ただでさえ機能不全状態の家庭から半ば強制的に放り出された。20世紀には「貧困家庭」「DV」という用語が存在しなかったため、強く意識することもなかったが、本書の著者ヒオカ氏によると「貧困状態を経験したとしても、または渦中にあるとしても、貧困という事象を理解するのは難しい」という。自分の過去を振り返ってもなるほどそのとおりだとうなずきながら、本書を読み進んだ。
 近年は、「見えない貧困」という視点でこの問題を捉える動きが進んでいるが、本書の場合は貧困や格差が連鎖する構造について、第一部では著者自身の体験とも照らし合わせながら「文化資本」「非認知能力」「貧困税」の三要素に切り分けて読み解くところが新鮮で、この視点は現代の貧困問題を考える際に有効な新しい角度を与えてくれそうだ。
 第二部では、東京大学大学院経済学研究科山口慎太郎氏との対談で具体例を様々に挙げて掘り下げてゆく。所得控除に意味はないとする山口氏の主張には若干の違和感をおぼえたが、そのような些末な部分をけば、山口氏の解説は懇切丁寧で、両氏の議論全体も平易な日常会話で進むのでわかりやすい。
 第一部と第二部を通じて著者が繰り返し指摘するとおり、貧困問題はSNS等で自己責任論の声が大きくなりがちだ。ただ、そうやって貧困当事者を攻撃する人々もまた生活の余裕がなく、より立場の弱い人々を攻撃することで溜飲を下げているのだとすれば、実に哀しい悪循環に思える。そしてそれはまた、悪循環の外にいる者にとって好ましい状態でもある。分断を煽り、嫉妬と怨嗟で弱者同士を憎悪させあう社会は、統治する側にとって手間がかからず都合がいい環境でもあるのだから。
「人生は生い立ちが8割」とは運命論的な諦観ではなく、皆が同じスタートラインに立つための公的扶助が今の日本社会には決定的に不足している、というヒオカ氏の切実な指摘なのだと深く得心した。

西村 章

にしむら・あきら● ジャーナリスト

『人生は生い立ちが8割 見えない貧困は連鎖する』

ヒオカ 著

発売中・集英社新書

定価1,100円(税込)

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