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医療現場の不正に立ち向かう
女性たちのチームワーク
医療の逼迫は近年の大きな社会問題の一つだ。一昔前は医師といえば社会的地位も収入も高く安定した職業で、資格を取る前段階で高額な学費がかかることもあり、そう簡単に手放すことは考えられないポストであったはずだ。しかし、いま現場は常態的に人手不足になっていて、働く人たちの声なき悲鳴が上がっている。『医療Gメン氷見亜佐子』の冒頭にも、優れた技術と実績を持ちながら、連続する手術で体力の限界に達し、一瞬の判断ミスで医療事故を起こす若い医師が登場する。彼は責任を感じ疲弊し切って、病院をやめ医師として働くことすら諦めようとする。その事故を調査しようと登場する厚生労働省医政局の医療監視員、通称医療Gメンを務める氷見亜佐子も医師資格と臨床経験を持ちながら自ら医師の地位を捨てた身である。彼女は元医師の経験を活かして「日本の医療を正したい」という気持ちで、国家公務員として医療現場を調査して問題にメスを入れようとするが、お役所的な慣例や政治的な圧力に阻まれる。
そんな亜佐子を支えるのが、彼女と同様にプライドを持って働く女性たちである。同じ職場のエース桃子や新聞記者の祐里、事故を起こしてしまった医師のパートナーでもある看護師の七海、そして常に亜佐子の指針となってくれている「師匠」の利恵。名誉欲に取り憑かれたゆえの現場への無茶な要求や、政治家や官僚への接待、お役所的な事なかれ主義など、絵に描いたような腐敗は、ある意味長らく続いた男社会の膿うみのようなものだ。それを切り崩す女性たちのキレのある動きはなかなか痛快だ。
ただ、みんな「できる」女性とあって、単純な仲良しの団結というわけではなく、時折お互いにチクリと批判や嫌味の針を刺して刺激することにより、その人の持つポテンシャルが最大限に活かされる形になっているところに妙味を感じる。たくさんのスポーツ小説を手掛けてきた作者ならではの絶妙なチームワークの描き方を楽しみたい。もちろんミステリとしての謎解きも、巧みに仕掛けられた伏線とともに唸らされる技ありだ。
神田法子
かんだ・のりこ● ライター