[本を読む]
悩めるカリスマIT社長が
「捨てる」ことで辿り着いた境地
インドで風前の灯だった仏教を大復興させた日本出身のお坊さんがいる。インド仏教徒1億5千万人の頂点に立つ御歳89歳の佐々井
私が彼の密着取材を行い、本(編集部注『世界が驚くニッポンのお坊さん佐々井秀嶺、インドに笑う』文藝春秋、二〇一九)にまとめたところ、担当編集者から「本を読んで佐々井氏の弟子になった方が話したいそうです」と連絡があった。ネットで名を検索すると東大出身、IT社長、マラソンも得意の文武両道かつ金持ちのイケイケ男が画面に映った。が、当日、現れたのはインドの袈裟に雪駄、深々と静かにお辞儀するツルツル頭の男である。イケイケとの落差にドン引きしつつもなぜ仏門に入ったのか興味を持った。
その人こそ、この『捨てる生き方』の著者の一人、小野龍光氏だ。同書ではそんな彼の「捨てられなかった」社長時代から頭を丸めるまでの半生を、自らも大学教授の職を「捨て」、僻地医療に飛び込んだ精神科医の香山リカ氏が丁寧に掘り下げ聞き出している。
本来の「出家」とは家や財産、家族との縁を切り執着を捨てることだが、小野氏は財産を妻に渡したものの離縁しておらず家もあるため師の佐々井氏のような「出家」ではない。では何を捨てたのか。それはお金に縛られた今までの半生だ。一方、師の口癖は「お金が足りない!」である。インドに養老院や孤児院を建て、コロナ禍では炊き出しを行うといった「行動する仏教」を信条とするからだ。捨てるどころか老体に鞭打ちますます重い荷を背負っている。
本書を読み進めると小野氏は師と全く違った穏やかなアプローチで悩める人に寄り添いたいと考えているようだ。日本全国を歩き人々と対話をし、ネットで無料の悩み相談を行い仏陀の教えを嚙み砕いて伝える。インドより豊かな日本で「数字の奴隷」に陥り人知れず深い苦悩を抱えていた彼が「捨てる」ことで辿り着いた、心を楽にする考えや習慣の数々が紹介されている。
白石あづさ
しらいし・あづさ●フリーランスライター