[本を読む]
周到にして大胆な、
比類なき哲学書
「国家政策は科学に基づいて立案、実行されている」。ここでの「科学」とは「実在についての知識」のことだが、果たしてその知識はいかにして獲得可能なのか。それが本書全体を貫く問いである。
著者はまず、ロイ・バスカーの「批判的(超越論的)実在論」へと向かう。バスカーは、科学者が経験的に把握できる事象から独立した「実在」の次元が存在し、科学はその「実在」の生成メカニズムを「遡及的推論」によって探究すべきものであると論じた。さらに著者はマイケル・ポランニーのポスト批判的実在論へと向かい、「遡及的推論」は「実在との接触」を通じて得られた「暗黙知」の作用により、「科学者共同体」の伝統を媒介にして「直観的」に得られるものであると論じる。そして国家の政策担当者には、このような「遡及的推論」の能力が求められるとされる。
次に著者は、国民国家の実在論的分析へと進む。複雑なパワーネットワークからなる「多形的結晶体」というマイケル・マンの国民国家概念に、複雑系を前提にした社会システム論や公共政策論を関連づけ、そこに政策担当者の「裁量」を組み込むのである。一般法則が通用しない「開放系」の世界において、科学的な政策形成過程は
以上のような「公共政策の実在論的理論」を踏まえて著者は、「予測」の正しさを現実の知識と混同し、政治の裁量を認めない主流派経済学を「科学でない」と厳しく断罪し、異端のポスト・ケインズ派経済学を高く評価する。また、グローバル化言説の「脱政治化」に抗して国家政策の意義を主張する。
このように本書は、科学哲学と社会学的国家理論とを結びつけ、政策立案のための羅針盤となるべき「政策の哲学」の構築を試みた周到にして大胆、理論的かつ実践的、根源的かつ論争的な、他に例を見ない哲学書になっている。政策担当者のみならず、政策と社会科学の関係に関心を持つ読者にも広く一読を勧めたい。
佐藤成基
さとう・しげき●法政大学教授