[本を読む]
その一族のどよもし の海は
昔聞いた誰かの声や死んでしまった人の声をずっと覚えていられるのは、思い出す私が港だからなのかもしれない。この本を読んでそう思った。声が舟で、それを聞く者は港。本書は表題作の他に「シャンシャンパナ案内」「明け暮れの顔」「鳶」「間違えてばかり」の五篇を収録した短篇集で、長崎のとある島にゆかりのある一族の物語である。「ああ、船着き場んおるごとせからしかねえ」と家族を迎える者は言う。年の暮れに、盆の時期に、あるいは冠婚葬祭の場には賑やかな「声」が集う。大勢が一斉に話せば、せからしく(騒がしく)もなる。まず声が聞こえる。それが誰かはわからない。誰かを識別するよりも先に声がある。声は別の誰かの耳に届いて初めて特定の何者かになり、話題がくるのはその後なのだ。一人ひとりの存在は流れ着く声という「舟」を迎える「港たち」で、「だあれも聞く者の
この作品の声が読者という多くの港たちへと寄港してゆきますように。
久栖博季
くず・ひろき●作家