[巻頭エッセイ]
怪獣の棲む星の歩き方
「小森さん、怪獣のことが好きですか」
ちょっとマジですか。今更そんなことを訊きます? 怪獣に魅せられてから半世紀を超えました。書庫には古今の怪獣に関する資料が溢れ返っており、怪獣に関する著作を何冊も世に送り出してもいます。それに飽き足らず、好きな怪獣を立体化するというコンセプトの下でガレージキットをプロデュースするまでになったこの僕にですよ、今更怪獣のことが好きか、だなんて……。冗談にも程があろうってもんです。でも、その人は確かに問うたんです。仕事場にやって来て、三百体ほどの怪獣キットに囲まれた状態で、真っ直ぐに僕の目を見て、「怪獣のことが好きか」って。「そりゃもう大好きです」と答えると、「そうですか。良かった」と満面の笑みを浮かべられました。このやり取りが僕と
「怪獣はいつも敵役にされています。ただ現れて、暴れて、ヒーローに倒されるだけの存在。でも、私はそうじゃないと思う。怪獣の一体一体には個性があり、暮らしがあり、一生がある。そうは考えられませんか」
塚越さんの言葉を聞きながら、僕はボブルヘッドみたいに何度も首を振り続けました。そうなんです。物心ついた時から芽生えていた違和感、【なぜ、怪獣は常に悪者扱いなのか】ということに対して、明確な理由が示されたことはただの一度もありません。大きいから? 凄い能力(火炎を吐いたり、ビームを放ったり、何万年も生きていたり)があるから? それとも単に見た目が怖そうだから?ちゃんとした理由がないのに怪獣はいつも防衛軍から攻撃され、颯爽と現れたヒーローに倒されてしまいます。で、大団円の中で音楽が盛り上がり、みんなの笑顔で幕を閉じる物語。
(しっくり来ない……)
僕はヒーローに向かって喝采を送れない子供でした。何がなんでもヒーローが嫌いって訳じゃないんですが、納得がいかないから他の子みたいに「頑張れ」と素直に応援が出来なかったんです。それは大人になってからも変わらずで、仕事場を埋め尽くした怪獣キットの中にはヒーローは数えるほどしかいません。そんな屈折した僕に向かって、奇しくもウルトラ怪獣の生みの親である円谷プロの会長さんがですよ、これまで連綿と続いてきた怪獣の位置付けに「否!」を唱えていらっしゃる。そりゃもう嬉しさのあまり、取れそうな勢いで首をブンブン振りまくりましたよ。知らずの内に涙ぐんでさえいたかもしれません。
そんな出会いから
「怪獣の一体一体には個性があり、暮らしがあり、一生がある。そうは考えられませんか」
つまりはそれを物語にするのだと理解しました。
「やります」
当然です。1ミリだって悩みませんでした。怪獣の存在復権をこの手で行えるなんて、仕事というより天職、生涯問い続けてきたテーマに挑めるまたとないチャンスです。
そうしてスタートした創作会議は2023年8月3日、博多の居酒屋で幕を開けました。出席者は塚越さんと塚越さんの片腕たる円谷プロのOさん、僕の三人です。なぜ博多だったのかですって? そりゃ安くて美味いものが沢山あるからです。というのも噓ではありませんが、僕が博多在住なのでキックオフは「そちらで」ということでした。
この時、僕は二人に見せようと創作メモをしたためていました。
『怪獣の棲む星とはどんなところなのか』
依頼を受けた直後から、いや、そのずっと前から妄想してきたアイディアの
物語はまだ始まったばかり。これから先、『ツイン・アース』がどんな展開を辿っていくのかは分かりません。ただ、『ムーミン・シリーズ』を書いたトーベ・ヤンソンのように、怪獣の棲む星をくまなく旅しながら綴っていけたらと思っています。
小森陽一
こもり・よういち●1967年生まれ。
大阪芸術大学芸術学部映像学科卒業後、東映助監督、テレビ製作会社勤務を経て、作家活動を始める。著書に「天神」シリーズ、『オズの世界』『インナーアース』等。漫画原作作品に『海猿』『トッキュー‼』『S―最後の警官―』『BORDER66』等。