[リポート]
第5回 高校生のための小説甲子園
村山由佳先生による小説ワークショップ&本選
今年で5回目の開催となる「高校生のための小説甲子園」は、その名の通り、甲子園のように競い合う小説新人賞。全国から寄せられた応募作品の中から地方ブロック代表が選ばれ、本選では地方ブロック代表たちが限られた時間と与えられたテーマで短編小説を執筆。その完成度で「全国一」の座を目指します。小説を愛するすべての高校生のための晴れ舞台。今年はどんな熱戦が繰り広げられたのでしょうか。
構成=増田恵子
村山由佳先生
午前 村山先生による講演+【本選】執筆タイム
本選当日、集まった地区ブロック代表たちの表情には、緊張感以上に「ワクワク感」が漂っています。
「みんな、もう打ち解けていて、部活みたいなノリですね。のびのびリラックスして、楽しくやっていきましょう!」という村山由佳先生の言葉で「第5回 高校生のための小説甲子園」は始まりました。
初めに、8人のブロック代表が自己紹介。多彩な背景がありつつ、全員「書くことが好きな人と交流できるのが楽しい!」という気持ちは同じ。まずは、「書き手」としての心構えを凝縮した、村山先生の特別講演が始まります。
「作家になることよりも、作家でい続けることの方がはるかに厳しい。小説家は、読者に対して毎回違うテイストの作品を送っていかなければ飽きられてしまうからです。そして、何をテーマに作品を書くか。自分にとって一番書きたいことを書くのもひとつの手ですが、私は『人に言いたくない、知られたくないこと』の中にこそ、書き手にとっての鉱脈が埋まっていると思います。その中で『今の自分なら外に出しても大丈夫』というものを掘り出して作品にできたら、きっとすごいものが生まれると思う。私にとって、それは母との関係でした。そこに正面から向き合ったからこそ、書くことができた作品があります。意識的に自分の核と向き合っているかどうかは、自然と作品に
講演の後、村山先生から発表された本選の課題は――『恥』。400字詰め原稿用紙2~3枚程度の作品を、70分で完成させます。
PCでも、スマホでも、もちろん手書きで書いてもOKですが、今回は全員デジタルガジェットを使って執筆に取り組んでいました。
昼休み
本選作品を書き終えたら昼休み。+10分のボーナスタイムが付与され、時間ギリギリまで推敲に取り組む人も。参加者は、準備されたお弁当をつつきながら、本選の手応えや午後のワークショップについて
午後 ワークショップと質問タイム、そして結果発表
今年のワークショップの課題は「自作を含む8作品それぞれのもっとも好きな一文、あるいは印象に残った一文と、その理由を挙げる」こと。会場では、それぞれ他の参加者一人の「好きな一文」を発表し、著者と村山先生がコメントを返すトークセッションが行われました。ここでは、優秀賞となった東京ブロック代表・中川真緒さんの応募作『未来で再会を』(本誌P8から掲載)についてのセッションの様子をご紹介します。
「何より、自分が人から貰った言葉に勇気づけられている事実が、嬉しかった。」(「未来で再会を」より)
――人の言葉に自分が影響を受けた。自分は一人ではなく、誰かと繫がれる自分であった。それを嬉しく思う気持ちに、すごく共感しました。(関東ブロック 山田 澪さんより)
著者・中川真緒さんから
人間関係にコンプレックスを抱いている主人公が、人と繫がれたことで自信に繫がっていくということを書いたので、そこを取り上げてもらえて嬉しい。この作品は、自分の過去への願望を込めて書いたものなので、自分の中にもそういう願いがあったと思いますし、気持ちを込めて書いた文章です。
村山先生から
私が好きなのは「私はずっと、正義感の強い兎が自分を救ってくれることを待っていた。」初めはそう思っていた主人公が、自分で自分を救うように変化していくのがとてもおもしろかったです。ラストまで読むと、主人公が出会った「幸恵さん」が誰なのかわかる仕掛けがあって、書きすぎていないのに読者に伝わるようになってて巧いなと思いました。
ワークショップの後は、村山先生への質問タイム。
「書くときに、結末を決めてから書くか、書くうちに自然と結末に辿り着くか、村山先生はどちらですか?」
「物語でエピソード間のつなぎ目がわざとらしくなってしまうのが悩みです。どうしたら自然になりますか?」
「自分は同世代の人しかリアルな主人公として書けません。自分よりも年上の人を主人公にして小説を書くには?」
「作品のタイトルはいつ決めますか?」
「忙しくて執筆時間の確保に苦労しています。どうやって時間を捻出すればいいですか?」
この時間を心待ちにしていた参加者は多かったようで、村山先生には質問が殺到。村山先生からのアドバイスもご自身の経験を踏まえたリアルな内容でした。
本選もワークショップも質疑応答も、熱の入った時間はあっという間に過ぎ去り、いよいよ結果発表の時間です。
村山先生は「限られた時間の中で難しいテーマに対して、完成度の高い作品を書いてくれた皆さんを称えたい気持ちでいっぱいです」と笑顔で参加者全員へ称賛を送ります。
応募作、本選作品を合わせて審査した結果、優秀賞に選ばれたのは、東京ブロック代表の中川真緒さん。そして、近畿ブロック代表の多良葵さんと、中国・四国ブロックの麓天海さんには、特別賞が授与されました。
第5回となる今回で「高校生のための小説甲子園」は最終回となります。今年は集英社で主催する新人賞のうち「すばる文学賞」で10代、「小説すばる新人賞」では20代が受賞。村山先生も「小説すばる新人賞」出身で、現在選考委員をつとめていることもあり、参加者の皆さんへ「ぜひ応募を」と呼びかけながら、本選は幕を閉じました。
ブロック代表者コメント
北海道・東北/涌澤雪乃
村山由佳先生から貴重なお話をいただき、自分と同じように小説を書く仲間と出会うことができるなど、小説家を目指す私にとっては夢のような時間でした。このような機会を与えてくださり本当にありがとうございました。
東京/中川真緒
今までずっと一人で書いてきて、自分の書く文章の良いところも悪いところも解らずにいた自分にとって、ずっと憧れていた場所にお話を書く側の人間として立つことが出来たことは、本当に生涯で忘れられない体験です。貴重な場を設けて頂き、ありがとうございました。
関東(東京以外)/山田 澪
まず第一に、あのような唯一無二の体験ができたことをとても光栄だと感じています。私自身緊張していて、後悔が残る点もありましたが、それ以上に素敵な作品や皆さんと出会う機会を頂けたことで、小説をもう一歩好きになれた、刺激溢れる一日となりました。
最後に、小説甲子園を運営してくださった皆様へ、本当にありがとうございました。
東海・北信越/渡邉 匠
理系畑なもので、今まで小説を書くどころか、あまり読んでもこなかったのですが、今回本選の方へ参加させていただき、村山先生や他のブロックの方々のお話を聞けて、非常に勉強になりました。
近畿/鯨 朱夏
ブロック代表者たちと会って緊張はもちろん、「この人がそんなことを考えてあの作品を書いたのか」と驚いたり納得したりと
畿/多良 葵
集英社のかたがた、素敵な時間を本当にありがとうございました。今回受けた学び、刺激を今後の創作に活かしていけたらと思います。そして何よりも、当日僕といっぱい話してくれたみんな、言葉では足りひん気もするけど、でも。
中国・四国/麓 天海
高校生活の集大成として書いた自信作だったので、ブロック代表に選ばれてとても嬉しかったです。正直、本選には、「ここまで来れて満足! あとは全力で楽しもう!」という気持ちで挑みました。しかし、特別賞という結果がほんとうに悔しくて悔しくて、自分が小説に対して貪欲であることに気づきました。今は悔しさより、特別賞で良かった、という気持ちが大きいです。満足することなく書き続けます。貴重な経験をありがとうございます。
九州・沖縄/笹田梨央
九州・沖縄ブロック予選突破のお電話を頂いたときは、我が身に降ってきた幸運に感極まって、出先にいたにもかかわらず思わず泣いてしまいました。本選で思うような小説が書けず口惜しい結果にはなりましたが、満足感で胸がいっぱいです。
今回の経験で、私を取り囲む小説や絵本の世界を作り出す作家の皆さんに憧れていた、幼い頃の私を思い出しました。どこかに置いてきていた過去の夢を思い出すことができたことが、私にとっての一番の収穫です。
後列左から、笹田梨央さん、多良葵さん、麓天海さん、鯨朱夏さん。前列左から、渡邉匠さん、山田澪さん、村山由佳先生、中川真緒さん、涌澤雪乃さん。
※詳しいリポートは「小説甲子園」WEBサイトで公開中です。
https://lp.shueisha.co.jp/koushien/
村山由佳
むらやま・ゆか●作家。
東京都生まれ。立教大学文学部卒。会社勤務などを経て作家デビュー。1993年『天使の卵――エンジェルス・エッグ』で小説すばる新人賞を受賞。2003年『星々の舟』で直木賞を受賞。09年『ダブル・ファンタジー』で柴田錬三郎賞、中央公論文芸賞、島清恋愛文学賞を受賞。21年『風よ あらしよ』で吉川英治文学賞を受賞。