[本を読む]
名演奏・名曲の裏には
ぞっとするほどの奥行きがある
苛烈な向かい風のなかにいた昨年の夏、同業者のほぼ全員がだんまりを決め込む一方で、ぼくを気遣って私信をくださる方もごく僅かながら存在した。その奇特なおひとりが武部聡志さん。「エールを送る音楽家も沢山いる事を信じていてください」というシンプルなメッセージの一言一句を忘れたことはない。彼の圧倒的なキャリアを知る身にはそれだけで十分だったから。
本書の冒頭、武部聡志という人物の特異さを的確に表現する文言が早々に登場する。「日本でいちばん多くの歌い手と共演した音楽家」。さよう、本書に登場する
なかでも個人的に興味深かったのは、
では武部さんがあれほどの名曲たちをプロデュースできたのはなぜか。ヒントは、40年以上にわたり務めるユーミンのコンサートの音楽監督という仕事について語るくだりにあった。
「仮に間違いが起きても、僕らバンドが間違えたように見せる。フロントマンが間違えたようには決して見せない。それが音楽監督としての矜持です」。裏方の「裏」にはぞっとするほどのおそろしい奥行きがあるのだった。
松尾 潔
まつお・きよし● 音楽プロデューサー・作家