[本を読む]
目前に迫る米大統領選
Z世代が選ぶ未来とは?
私は、本書の著者である及川順氏に一度会ったことがある。2019年夏、ハワイ島のマウナケア山麓で30メートル望遠鏡建設に反対するハワイアンとアライ(連帯者)たちの座り込みがピークに達していた時期、私は2泊3日で運動に参加した。NHKロサンゼルス支局からそこに取材に来ていたのが及川氏だった。ハワイの植民地化の歴史や先住ハワイアンの主権運動の背景を理解していなければ意義を捉えにくいこの運動を、日本のメディアが取材していることに感心した。
マウナケアでも10代や20代の若者が主体的に運動をリードしているのが印象的だったが、本書で著者は、現代アメリカのいわゆる「Z世代」の声に耳を傾け、その意識と行動をさまざまな角度から追う。アメリカ社会で深まりつつある亀裂は、決して左右の二項対立といった単純なものではない。トランプ再選をなんとか阻止しようとする左派のなかにも、リベラルからプログレッシブ、そして急進左派まで、価値観や争点によって入り組んだグラデーションがある。そうした政治的スペクトラムのなかで、若者たちは力強く確信をもって、自らの生きる社会を見据え、行動している。
アメリカ研究者である評者にとっては、歴史的文脈や資料の読解、インターセクショナルな分析が浅く、印象論に近いと感じられる箇所もなくはないが、ジャーナリストである著者の強みは、なにより現場取材である。とくに、アリゾナ州フェニックスで開催された保守派の若者団体「ターニング・ポイント・USA」の大規模集会を扱った第1章の記述は丁寧で、Z世代は左派であるという一般論に、解像度の高い一石を投じている。
本書の刊行からひと月未満で、大統領選が行われる。トランプ銃撃事件によって保守派の一部が結束を強め、いっぽうハリス候補の登場によって左派のエネルギーが高まるなか、若者たちはアメリカのどんな現在、そして未来を選ぶのか。その選択は、日本にも大きなインパクトをもたらすはずだ。
吉原真里
よしはら・まり● ハワイ大学アメリカ研究学部教授・東京大学グローバル教育センター教授