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第22回開高健ノンフィクション賞受賞作発表/本文を読む

第22回開高健ノンフィクション賞受賞作発表
窪田新之助『対馬の海に沈む』
【受賞の言葉】巨悪は一人でなせるか
【選評】加藤陽子/姜尚中/藤沢 周/堀川惠子/森 達也

[第22回開高健ノンフィクション賞受賞作発表]

第22回
開高健ノンフィクション賞
受賞作発表

正賞=記念品
副賞=三〇〇万円
主催=株式会社集英社
   公益財団法人一ツ橋綜合財団

【受賞作】
『対馬の海に沈む』 窪田新之助
【選考委員】
加藤陽子/姜尚中/藤沢周/堀川惠子/森達也 (五十音順・敬称略)
【選考経過】

第二二回開高健ノンフィクション賞は、一一五編の応募作品のなかから慎重に検討し、左記の通り最終候補作を選び、七月一三日、選考委員五氏によって審議されました。その結果、上記の作品が受賞作と決まりました。

【最終候補作品】

『荒野に果実が実るまで』  田畑勇樹
『CUP ――原発不明がん――
 私は何をすれば夫を助けられたのか』  東えりか
『プーチンに勝った「主婦」
 夫を毒殺されたマリーナ・リトビネンコの闘い』  小倉孝保
『対馬の海に沈む』 窪田新之助

受賞の言葉―― 窪田新之助
巨悪は一人でなせるか

 受賞の知らせを受けたとき、うれしいというよりはホッとした。それは、本作で取り上げた事件の真相について勇気をもって告発してくれた人たちに、なんとか報いることができたと思ったからである。
 長崎県の国境の島にあるJAで、のちに二二億円超にまで膨れ上がる農協史上最大ともいえる共済金の横領事件が発覚したのは、二〇一九年が明けたばかりのことだった。不正を働いたと疑われたのはJA対馬の職員、西山義治である。
 西山はこのずっと以前から全く逆の意味で、一千万人以上もの組合員を抱えるJAグループではあまりに有名な人だった。「神様」「天皇」―。彼が周囲から一営業職としては過分ともいえる尊称を得てきたのは、JAに就職したばかりのころからずっと、JA共済(保険)の営業を専門にする「LA(ライフアドバイザー)」として全国でも比類ない実績を挙げてきたからである。対馬の人口は約三万人だが、彼はたった一人でこのうちの一割以上の人たちから契約を取っていた。
 全国に約二万人いるLAが毎年の目標にしているのは、JA共済連が東京都内で開催する「LAの甲子園」で表彰されること。西山は、JAに就職した翌一九九八年に初めてLAとなってから、わずか一年を除いて「優績表彰」を受けてきた。その中でもとりわけ優れた実績を挙げたLAだけに与えられる「総合優績表彰」については一二回も授与されている。LAには、その実績に応じて歩合給が支給される。西山についてはその金額が桁違いで、彼の年収はときに「プロ野球選手並み」に及んだ。
 そんな日本一のLAに突如湧いて出たのが今回の横領疑惑だった。直後に西山は四四歳という若さで亡くなる。自ら運転する車ごと海に転落し、「溺死」したのだ。この日は疑惑についてもはや言い逃れができないほどの厳しい追及を受ける日だった。
 やがて始まった第三者委員会の調査の結果を踏まえて、JAは横領の責任が西山一人にあると結論づけた。
 だが、本当にそうだったのだろうか。そもそも人口がわずか三万人程度の離島で、なぜ西山は日本一の実績を挙げ続けられたのか。おまけに誰の手も借りず、組織に知られることなく、長年にわたって巨額の横領を働いてこられたということも腑ふ に落ちなかった。そして彼は、なぜ死という最悪の結果を迎えなければならなかったのか。
 一連の疑問を抱えて私が対馬の地に向かったのは、事件の発覚から四年近くが過ぎたころだった。取材をするなかで、まさしく私と同じ疑問を抱えたり、なかには事件の真相に迫ったりしてきた人たちと出会えるという幸運に恵まれた。
 彼らはずっと言いたかったのだ。巨悪は一人でなすことができないことを。そして、その奥には人間の底なしともいえる業がうごめいていることを―。

第22回開高健ノンフィクション賞選評
人間の淋しさを探り当てる
加藤陽子

 委員として初参加した昨年の選考会には、開高健『オーパ!』(直筆原稿版)中の言葉「驚くことを忘れた心は窓のない部屋に似ていはしまいか」を胸に抱いて臨み、最終候補の五作品に向かっては、「どうやって私を驚かせてくれるのだろうか」との高揚感と期待を軸に選んだ。だが今年は、読み手の私ではなく、書き手の中で「驚く」心が、どれだけの切実さをもって作品中で希求され続けているのかに耳を澄ませながら、最終候補の四作品に臨んだ。
 惜しくも次点となった田畑勇樹氏『荒野に果実が実るまで』は、この若さにして既に自らの文体を持ち、直喩と暗喩をとりまぜた比喩を連打しつつ、「援助屋に平和はつくれるか」との仮説が真であることを読み手に全力でわからせにくる作品だった。
 東アフリカに位置するウガンダの最貧困地域・カラモジャでの農業支援の試みは、生活を一から創り出す「建設」に他ならず、社会不正を告発するといったスタイルのノンフィクションの定番を軽々と飛び越えてくる力強さを持つ。著者の属するNPO法人と他団体との関係性や、世界的な穀物価格高騰を前にしてのウガンダ政府の農業政策転換の意味等、刈り込み過ぎた客観的な外部条件を視野に入れ込めば、書き手の中の驚きの心の泉も、枯渇することなく湧き出し続けてゆくはずだ。
 東えりか氏の『CUP ――原発不明がん――』は、息をもつかせぬ病態悪化を叙述した部分と、夫の逝去後に「気が済むまで」原発不明がんの調査に挑んだ部分との間に落差を感じさせる構成の弱さがあった。副題「私は何をすれば夫を助けられたのか」の切迫感ゆえ、読み手は、医者や著者の行動や判断の一つ一つをチェックし続ける関係に立たされてしまい、共感に身を委ねる暇を与えられないもどかしさがある。だが、修羅場で医者に対峙した時の書き手の冷静な筆致に打たれた。
 先の、もどかしいという感覚は、小倉孝保氏の『プーチンに勝った「主婦」』を読んだ時、再び湧き上がった。本作は、放射性物質ポロニウムによって殺害されたリトビネンコの妻マリーナが、亡命先の英国で独立調査委員会設置を勝ち取るまでを描いた作品だ。ただ、事件自体の持つ面白さが目立ち、マリーナが持っていたはずの特質に迫りきれていないうらみが残った。
 私が最初から推したのは窪田新之助氏の『対馬の海に沈む』である。主人公の死の場面を描くプロローグとエピローグが、見事な呼応を見せて叙述されていること自体、充実した本体内容を物語る。
 人口三万の国境の島に契約数日本一を誇るJA職員がいることの不思議さ。書き手の驚きの初発はここにあった。だが、対馬で進行していた謎の物語の最後のピースが判明した時、書き手は嘔吐おうと反射に襲われる。自らが見出した「異物」に動揺させられ、驚く心が、作品中に書き留められたことに深い感銘を覚えた。
 ノルマ負担に苦しむ同僚の肩代わりから悪に手を染めた主人公。ノンフィクションが人間の淋しさを描く器となれた、記念すべき作品である。

「正義」との距離感
姜尚中

 最終選考に残った四本の作品は、その舞台は様々であっても正義や公平をゆがめている制度や構造、さらにその中でうごめく人間たちへの「告発」という点で共通していた。
 ノンフィクション賞の候補作品がみな、「告発」という点で共通しているのは、偶然の一致とは思えない。それは、この時代がいつの時代にも増して不義と不正に満ちており、それを「告発」する手段としてノンフィクションというジャンルが見直されていることの表れではないか。
 ただ、そうだからこそ、そこで掲げられる「正義」とは何なのか? またその「正義」との距離感が問われざるをえない。この点で頭をよぎるのは、フランス文学者・渡辺一夫の箴言しんげんである。「人間はとかく『天使になろうとして豚になる』」(『狂気について』)。パスカルからインスパイアされたこの渡辺のエスプリたっぷりの言葉ほど、「告発の時代」で私たちがどんな正義を掲げ、それとどんな距離感を保つべきなのか、雄弁に語っている言葉を私は知らない。渡辺が言うように、もしこうした皮肉な人間の生態を忘れた精神状態を「狂気」というなら、ウクライナでも、ガザでも、そうした狂気に駆られた正義の「暴走」を目の当たりにしていると言えないか。
 優れたノンフィクションの条件に丁寧な取材やエビデンスの渉猟、表現方法の成熟や均整のとれた構成など、様々な「玄人」筋の知見があることは承知の上で言えば、私はあえて「告発」を通じて実現したいと願っている「正義」と自らがどんな距離感を保っているのか。これを基準に作品を評価したいと思った。表現の拙劣さや心の揺れなど、いかにも「アマチュア」的な作品ではあったが、最も高く評価したのは『荒野に果実が実るまで』だった。なぜなら、作品には何が正義であるのか、それをめぐる内面の葛藤の軌跡が痛々しいほどによく表れていたからである。
 おそらく、それと最も対照的だったのが『プーチンに勝った「主婦」』ではないか。悪の権化の独裁的な大統領と、非業の死を遂げた独裁の犠牲者の妻との、「不義」と「正義」との二元論的な闘い。果たしてそうしたマニ教的な二元論によって高々と掲げられる「正義」とは何なのか。どうしてもそのことが気になって仕方がなかった。
 こうした点でもっと評価してしかるべきは『CUP ――原発不明がん――』だったのではないか。一部の審査員からは作者の「私怨」のニュアンスが指摘されたが、作品の中で「医者のT氏」との和解が成り立っている経緯をみれば、作者の「ゆらぎ」にもっと目が向けられてもよかった。
 最後に受賞作に選ばれた『対馬の海に沈む』は、その取材の執拗しつようなほどの粘着さと緻密さ、また場面展開と劇的な表現方法など、読む者を引き込む力の点で抜きん出ていた。ただ、「JAの闇」を暴き、その構造的な歪みの「告発」で掲げられている「正義」との距離感に違和感が残った。JAはただ、「告発」「断罪」されるべき「巨悪」に過ぎないと断言できるのか。評者には最後まで疑問が残らざるをえなかった。

事実と真実
藤沢 周

 作家開高健はブラジルの宝石採掘者(ガリンペイロ)たちについて書いていたはずだ。目を閉じていても石肌や鉱床に指で触れただけで、その宝石の種類を当てる者がいる、と。そして、宝石の価値は採掘までの血と汗と死で決まるのだ、と。
 人間の心が秘する千差万別の鉱床に手を触れる場合も、我々は時に目を閉じることがある。事実という塊の肌理きめを緻密に探り、その奥に隠れている人の心の声なき声に耳を澄ますためだ。誰も聞くことができなかった真実の声に届いた時、書き手たちはペンを執る。
 受賞作の窪田新之助『対馬の海に沈む』は、JAの共済事業で日本一の営業マンとなったJA対馬職員の〝謎の死〟を追った。
 ノルマに翻弄されつつも、その裏で自爆営業、不正販売、迂回うかい融資、横領などを繰り返して、おそるべき数の契約を獲得。やがて追い込まれて、対馬の海に自ら運転するクルマごと飛び込み、命を落とした。
 著者はこの事件からJAという巨大組織の闇に辿たどり着くが、その負の鉱脈にはおびただしい指紋がついているのに気づく。関係する人々に取材。虚偽、本音、ごまかし、自己正当化、罵声、沈黙……。様々な声に耳を澄まし、さらにその奥にある声ならぬ声に届いた時、対馬の海全体がせせら笑うような真実に直面するのだ。徹底した取材と人の内なる声を聞く聴力。受賞作に推す。
 小倉孝保『プーチンに勝った「主婦」』は、元ロシア連邦保安庁のリトビネンコ毒殺事件を軸に、その妻の闘いに伴走した緻密な記録。プーチン主義に占領されたロシア国家のどす黒い実態と、映画『007』シリーズをはるかにしのぐサスペンス的な展開に、息継ぐ間もなく読み進めた。
 現在のロシアによるウクライナ侵攻の背景をリトビネンコ事件から明らかにしていくものでもあったが、隠蔽されていたロシアの悪の鉱床の細部まですでに周知、発見済みとの意見もあり、受賞に推す手を宙で止めてしまった。とはいえ、読み物としては第一級の迫力。
 東えりか『CUP ――原発不明がん――』は、夫を希少がんで失ってしまった著者渾身こんしんの記録。その筆致はがん医療の最前線と在宅療養・緩和ケアにまで及ぶことになる。二人に一人ががんを発病するという現代において貴重かつ示唆に富む記録となったが、「夫との時間」と「医療の実態」を描くトーンがかなり異なっており、これはそれぞれ独立して書かれるべきであったかとも思う。
 田畑勇樹『荒野に果実が実るまで』は、アフリカ・ウガンダの地に中規模灌漑かんがい施設を作るために苦闘した「援助屋」(国際協力NGO)である著者の、情熱と勇気の物語である。
 現実での活動は援助以上の成果をもたらしたが、惜しいのはその地と人々の有様を描く筆致が緩かったことだ。多用されている安易な比喩は、むしろ真実から遠ざかる。ウガンダの日常の肌理に鋭敏な手で触れて、言葉にし、発信することも、「援助屋」の大事な仕事であろう。

地を這う取材、深い考察
堀川惠子


(C)MAL

 自分が現役の書き手でありながら、他者の作品に優劣をつけるのは本当に気が重い。意中の作品を推すには、心ない批判もせねばならないからだ。
 去年の選考は荒れたが、今年はよかった。イチオシの窪田新之助さん『対馬の海に沈む』が最初から筆頭にあがったからだ。
 彼の二年前の話題作『農協の闇』との関係で満点は付けなかったが、本作もまた地をう取材と丁寧な資料の読み込みでスクープをものにした。今回は単なる農協批判にとどまらず、〝モンスター〟を育てた土壌との共犯関係にまでズブリ踏み込み、日本社会の暗部を照らし出す。取材は十分。あとは「考察」をどう深めるか。よりスケールの大きな作品にするため、出版までもっともっと苦しんでほしい。
 開高賞は新人賞という位置づけらしい。だが近年はベテラン新聞記者たちが競う場になっていて、今回、賞の意義を問い直す議論があった。作品性を優先するのか、将来性を評価するのか、いっそ年齢制限を設けるのか。そういう観点からも、二五歳の田畑勇樹さん『荒野に果実が実るまで』は惜しかった。
 素材はいい。現場もよく踏んでいる。それなのに目線の高さは、やはり看過できない。ノンフィクションは文章のうまさや技巧は二の次だ。荒野に実った果実の香り、温かさ、重さ、手ざわり。土まみれの女性たちの指先はどんな風だったか、家では何を食べているのか。現場にいながら、現場感が欠落している。もっと腰を落とし、観察し、感じよう。理屈より、心の目で紡ぐ文章を読んでみたい。
 東えりかさん『CUP ――原発不明がん――』は、全員の評価が今ひとつだった。それでも自身の経験をつづった前半を、私は涙して読んだ。書くという営みが、夫を亡くした今の彼女を支えているであろうことも伝わってきた。前半だけでよかった。私憤を公憤に変えるべき後半は、あまりに取材が弱い。私も医療関係の作品を手がけている最中だが、医療の世界は複雑で日進月歩。毎月、国内外の膨大な論文を読みこんでも、去年の発見は来年の昔話。命をめぐる問題に、生半可な取材は許されない。急がなくてもいい。もっと時間をかけて物語を熟成させてほしい。人生に二度とない作品は、きっと別のかたちで完成し、多くの人を勇気づけるだろう。
 小倉孝保さん『プーチンに勝った「主婦」』には、辛口の点を付けさせてもらった。取材が古い。すべてのインタビューがロシアによるウクライナ侵攻よりはるか前、いやクリミア侵攻以前でさえある。国際情勢にかつてないパラダイムシフトが起きている現在、大昔のインタビューで構成されても、どう受け止めていいのか分からない。主人公が頻出するわりには人物像の掘り下げも不足。主人公をわざわざ「主婦」と位置づける姿勢も疑問だ。
 私見だが、女性を応援しているようで自分は絶対的安全地帯に身を置き、根っこは蔑視に塗れている男性は少なくない。作品からかすかに滲み出す「臭い」が気になって仕方がない。

調査報道の見本だ
森達也

 4作品すべてを読み終えてからしばらく考える。困った。どれかを選ばなくてはならない。選ぶためにはどうするか。項目ごとに考える。まずはテーマ。次に文章。あるいは文体。普遍性は獲得できているか。時代性も重要だ。
 他にも要素はたくさんある。これらを総合的に考えたとき、『プーチンに勝った「主婦」』は最も完成度が高いと考えた。言い換えれば、大きな瑕疵かしがない。
 でも、この作品には致命的なミスがある。選考会のときにも強調したけれど、テロという言葉の使いかただ。暗殺は確かにテロ的な要素(不安や恐怖をあおる)を持つ場合があるが、核テロという言葉も含めて、使いかたが安易で乱用が過ぎると感じた。
 そして何よりも、マリーナという女性の像が最後までくっきりしない。その理由は僕にもわからない。描写は決して少なくない。でも稜線りょうせんが曖昧なままなのだ。対象への距離が近いようで踏み込んでいない。直截ちょくさいに書けばそんな印象を受けた。
 最も粗削りな作品は『荒野に果実が実るまで』だ。意味不明な比喩も含めて、文章がまだこなれてない。若いからか。でもそれは作品本位で考えるときにはアドバンテージにならない。終盤に著者が「(自分の描写が)あまりにも正直だったから、あなたを困惑させてしまったかもしれない」と思い入れたっぷりに書く援助の弊害についても、今初めて知った事実じゃない。こうした活動をする人なら大前提のはずだ。少し酔っている。これも若さゆえか。でもテーマは重要。次を期待したい。
『CUP ――原発不明がん――』は、夫が逝去するその瞬間までは本当に凝縮度が高い。でもその後に、正確に書けば3分の2が過ぎてから、明らかに弛緩しかんした。ただし、著者がこの要素が必要と考えた理由もわかる。情報としては重要だ。でも、ひとつの作品の中では共存できなかった。とても残念だ。
 最後に『対馬の海に沈む』。まずはタイトルがいい。余計なサブタイトルをつけないことにも潔さを感じる。もちろん書籍化の際には、サブタイトルをつけて内容をもう少し具体的に説明しましょう、などと提案されるはずだ。それもわかる。一人でも多くの人に届けるためには、そのほうが正解なのかもしれない。とは思いつつも、もう一度書くが、潔さがこの作品の身上だ。取材の足腰もいい。そして何よりも、組織共同体は時として暴走して過ちを犯すというテーマには強く共感する。
 ただし注文はいくつかある。証言者としてキーパーソンのように記述されながら、「鈴木」の存在が不明瞭だ。JAという組織にとどまらず(ある意味で)島ぐるみでこの違法行為が行なわれていたとの指摘は、終盤に著者が「私はここに至って、自分が立っている足元が崩れ落ちるような錯覚に襲われた」と書いているが、ここは少しばかり筆が滑っている。もっと早くから気づいていたはずだし、読者も予感していたはずだ。とはいえ、圧巻だった。調査報道の見本だ。最優秀な作品として称えることに全く異論はない。

窪田新之助

くぼた・しんのすけ●ノンフィクション作家。
1978年、福岡県生まれ。明治大学文学部卒業。2004年JAグループの日本農業新聞に入社。2012年よりフリーに。著書に『データ農業が日本を救う』(集英社インターナショナル)、『農協の闇(くらやみ)』(講談社)など。

加藤陽子

かとう・ようこ

姜尚中

カン・サンジュン

藤沢 周

ふじさわ・しゅう

堀川惠子

ほりかわ・けいこ

森 達也

もり・たつや

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