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ハマスの実態に内側から迫る
ハマスといえばテロ組織としてのイメージが一般的には流布されている。実際、日米欧を含めて多くの国々の政府がハマスをテロ組織に指定している。しかし、テロ組織と決めつけるだけではハマスの政治的・軍事的活動やイデオロギーを理解できない。ガザの住民から高い支持を受け、ハマスに加わる若者が多いのはなぜなのか。そんな読者の素朴な疑問に答えるべく現場を知り尽くすジャーナリストが長年にわたる現地取材に基づき内側からその実態に迫ったのが本書である。
ハマスは「イスラム抵抗運動」のアラビア語の略称であると同時に「熱情」という意味をもつ。ハマスが世界の耳目を集めたのが2023年10月7日にイスラエル側に多くの死傷者を出したテロ攻撃である。その報復としてイスラエル軍はガザを攻撃し、ガザの人びとに多数の死傷者が出ている。このイスラエル軍のガザ侵攻は「イスラエル・ハマス戦争」とも呼ばれる。朝日新聞元中東特派員の著者はアラビア語にも通じており、長期間にわたるハマスへの直接取材に基づいてその実態を明らかにしている。
ハマスはエジプトのムスリム同胞団に起源をもっているが、1987年末のインティファーダ(民衆蜂起)の際に結成されて以来の歴史を辿りながら、食料、教育、医療などの面で過酷な現実に苦しむガザの人びとへの社会慈善団体としての活動にも光を当てる。同時に、テロ組織としてのイメージを作り上げている軍事部門カッサーム軍団とその殉教作戦も詳しく描き出す。さらに、車椅子に乗ったハマスの精神的指導者ヤシーンにも直接インタビューを行っている。ガザの厳しい現状を考えるにはイスラエルによる長期間にわたるガザ封鎖も考えなくてはならない。イスラエルに包囲され続けてきたガザは、かつてのナチス時代のユダヤ人ゲットーのような、それこそ「天井のない牢獄」であることを知る必要もある。
本書はハマスの実態に生々しく迫るジャーナリストによる貴重な記録なのである。
臼杵 陽
うすき・あきら●政治学者